後れ毛に汗うっすらと歯科の女医  須藤光迷

後れ毛に汗うっすらと歯科の女医  須藤光迷

『この一句』

 近頃こういう句は詠むのも評するのも少し難しい気がする。作者が詠んでいるのは、後れ毛の汗の美しさや女性としての色香である。「汗うっすらと」という表現がそのように解釈させる。ジェンダー論喧しい今日の視点で見れば、こういう句を作るのも評価するのも、男性中心社会の歪んだ価値観と捉えられる可能性なきにしもあらずである。この句を評価したのは、わたしも含め男性ばかりで、女性参加者からは一票も入らなかった。
 たまたま室生犀星のこんな文章に出会した。「六月七月で美しいものは、自然もそうだが、人間歳時記ではなかんずく女人が際立って派手に見うけられる。四季のうちで女人が二の腕をあらわにする季節は、初夏ではことさらにあざやかなものである。」(『随筆女ひと』) 一昔前に犀星が女性の夏の「二の腕」を美しいと思ったのも、この句で女医さんの「後れ毛の汗」に色香を感じるのも、同じく率直な印象であり、あまり余計なことは考える必要がないのかもしれない、とは思うものの多少揺れる部分が残る此頃である。
 それにしても、この句はどんなシーンだろう。歯科医は普通は患者の口腔を覗いていて、後れ毛など見えはしない。歯根のレントゲン写真を見せながら、女医さんが向こうむきで説明しているシーンだろうか?「そんなところばっかり見てないで、ちゃんと説明を聞きなさい」という叱り声が聞こえそうだ。
(可 21.08.09.)

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