冷飯に冷汁かけて独り飯 井上 庄一郎
『この一句』
一読、独居老人の背中が見えた。そして、待てよこれはコロナ禍により失職した独身フリーターの昼餉の情景かなとも思った。時事を表す文言は無いけれど、「今」を詠んだ句かも知れないと思ったのである。これが晩食となるとさらに侘しさが募るなあ、自分もいつこうなるのかなと、思わずため息が出た。
しかし、再読、三読して、はてと思った。この句はそんなありふれた「侘しさ」をかこつ単純な句ではなさそうだ。
選句表が送られて来た段階では、そんなことをあれこれ思い巡らせつつ、結局この句に対する思いや評価が定まらず、そのまま見送ってしまった。「月報」が出来上がって作者名が分かってみると、やはり通り一遍の「侘しさ」やうらぶれた情景を詠んだものではないという、後の考えが正しかったことが分かった。悠々自適、日経俳句会最長老の句だったのである。
「冷汁」は宮崎のものばかりが喧伝されているが、全国いたる所にある農民食である。関東近辺では作者の生まれ育った埼玉は冷汁の本場である。たまたま奥方不在の昼餉に冷御飯に冷汁をかけて、若き頃を思い出されての一句だろう。ぶっきらぼうに放り出したように詠んだところが、さらっとした感じである。
(水 21.06.04.)
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