蕉翁の柳に風や澄みし天 吉田 正義
『この一句』
「蕉翁の柳」とは何か。芭蕉は柳の句を7,8句詠んでおり、「八九間空で雨降る柳哉」「からかさに押わけみたる柳かな」がよく取りざたされるが、この句の柳はやはり、『奥の細道』に出て来る「田一枚植て立去る柳かな」であろう。
ただし、この那須野が原の田んぼの真ん中にある柳は、西行が行脚の折に立ち寄って「道のべに清水流るる柳陰しばしとてこそ立ちどまりつれ」(新古今集)と詠んだ柳であり、謡曲「遊行柳」によっても有名になった柳である。爾来、歌詠みや俳人にとっての歌枕・俳枕になったわけだが、そこからすれば「遊行柳」「西行柳」とすべきところだ。
西行を崇敬し、「旅を友」とした芭蕉にしてみれば、念願の奥の細道行脚で是が非でも行くべき所と定めていた場所であり、柳であった。そして、芭蕉を崇敬し、日光にも平泉にも山寺にもと芭蕉のたどった道を歩む作者にとっては、この那須・芦野の里の柳は「蕉翁の柳」でなければならなかったのだ。
「田一枚植えた」のは誰か、「立ち去る」のは誰か、毀誉褒貶さまざまな難解句も、この作者には何の疑問もなくすんなり呑み込めるのだろう。作者は西行に思いを馳せ、芭蕉を偲び、それこそ田一枚植え終わる時間、心ゆくまで柳陰に腰を下ろしていたのだろう。夏隣の頃合いの空は青々と澄み渡り、爽やかな風がそよいでいる。
(水 21.05.23.)
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