いくたびの試練の銀座柳かな 旙山 芳之
『合評会から』(日経俳句会)
反平 銀座の柳とくれば藤山一郎を思い出すけれど、関東大震災、戦災、そしてコロナと人通りを減らす災厄があった。今の柳は何代目なのだろう。
木葉 柳といえば銀座で定番の詠みだが、名物の柳並木も戦災やら行政の恣意やらで無くなったりした歴史がある。いまは西銀座に柳通りとしてわずかに生き残っている。不死身の柳にエールを送る作者なのでしょう。
阿猿 先週久しぶりに銀座を訪れた。東京五輪を見越してリニューアルした駅に人影はまばらだったが、百貨店の食料品売り場は大混雑。銀座という街のしぶとさを感じた。なんとなくそれと結びついた句だったので。
冷峰 歌にも詠まれ、戦火を潜り抜けた銀座の柳は風情があります。
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作者は「銀座は今回の試練も柳のようにしなやかに耐えて、乗り越えるだろうという思いを込めました」と自句自解している。木葉さんの言うように、今、銀座の柳と言うと「柳通り」が真っ先に浮かぶのだろうが、私は銀座のハズレの新橋に近い“9丁目”高速道路沿いの柳並木が中々のものと思う。句友の方円さんと何かのはずみに、この近くにあった巨大な掻き揚げが名物の天ぷら橋善の話になった。橋善は潰れてしまったが、天国や佃煮の玉木屋などは頑張って居り、銀座・新橋の場末が意外に面白い。ひょろひょろだった柳も今や立派な並木になった。
(水 21.05.03.)
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