灯を消せば俄かに近く蛙聞く 水口 弥生
『合評会から』(日経俳句会)
反平 部屋が暗くなったとたん、耳の神経が鋭くなって、それまで気付かなかった音が聞こえてくる。感覚の鋭い句。
方円 暗くなると、音に人間の神経が集中するのか。蛙は実は近くで鳴いていたというのがいい。
三代 確かに暗くなると音がくっきり聞こえます。蛙の合唱が枕辺に響いてきたのでしょうか。
雅史 田んぼの近くに泊まった時、蛙の合唱を聞きながら眠りについたことを思い出しました。
操 灯りを消したその瞬間、間近に聞こえくる蛙の声。その闇間が心地よい。
* * *
何と言っても「俄かに近く」の実感性である。暗くなり視覚が閉ざされると聴覚や嗅覚が鋭敏になる。部屋の灯りを消したら、それまで意識しなかった蛙の声が急に耳に入ってきた。ともすれば「俄かに聞こゆ」とか「俄かに響く」などと言いそうだが、作者は「俄かに近く」とその時の実感を詠んだ。暗闇から蛙の声が湧き上がってくるような卓抜な表現だ。多くの人が自らの体験を重ね合わせて共感し、点を入れた。作者によれば江ノ電の線路際で暮らした頃の体験を詠んだものという。「夜になると蛙の声をはじめ諸々の音が聞こえ、暗闇がもたらす豊かな時間があったことを思い出します」という自句自解を読むと、詩情豊かな句の世界がさらに広がってくる。
(迷 21.04.12.)
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酒呑洞