過去帳の縁の黄ばみや霾ぐもり 星川 水兎
『季のことば』
「霾」とは奇っ怪な漢字である。雨冠の下は「豹」と「狸」が合体したかのような難読漢字のトップクラス。読み方には「よな」「ばい」「つちふる(霾る)」などがあって、つまり「黄砂」のことだ。モンゴルや中国の黄土高原の土が風で舞い上がり、地に降り積もり、また舞い上がり、を繰り返し、偏西風に乗って日本海を超えて日本にやってくる。
昔の人々はこの時期、空を覆い、地に降ってくる土ほこりを妖怪的な存在と見て、不思議な文字を作ったのだろう。この迷惑なものを、やがて春到来の使者的に捉える風流人も居て、大正時代に俳句の季語となり、「つちふるや~」と指を折ったりするようになった。さて地球規模の「霾る」を「五七五」という小さな器の中で、いかに料理するのか。
句の作者は「霾ぐもり」への連想の膨張剤に「過去帳の黄ばみ」を持ち出してきた。寺の檀家や信徒の死者の法名、俗名、死亡の年月日などを記して置く帳面で、江戸時代から続くものも少なくない。大陸と日本をつなぐ黄ばんだ存在が二つ。一方は偏西風によって、他方は仏教伝来の末として、一句に合体した。私は卓抜な取合せだ、と思っている。
(恂 21.03.31.)
この記事へのコメント