ああ今朝も生きていたなあ冬桜  大澤 水牛

ああ今朝も生きていたなあ冬桜  大澤 水牛

『合評会から』(日経俳句会令和2年下期合同句会)

てる夫 多くの人が「ああ今朝も生きていた」と思っている。人生航路と「冬桜」の取合せがいい。
百子  私も寒い朝に起きてこんなふうに思うことがあります。
明古  この半年以上の日々、朝目が覚めての私の第一声です。つくづく生きていることに感謝です。
双歩  俳句は素直に詠むものだと勉強になった句です。

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こういう句はつくづく難しいなあと思う。ひとつ間違うと滑ってしまってどうしようもなくなる。理由のひとつは口語体であること。文語体のように何かを隠してくれることがなく、むき出しの句になってしまう。もうひとつの理由は心情吐露の句であること。少し表現を違えると、あざとい句になってしまう。そんなリスクをものともせず、この句がとても良い句になっているのは、変な細工をせずに、作者が感じたことを素直に言葉にしたことだと思う。朝起きて思ったことをそのまま言葉にしてみました、という句になっている。それぞれの選者の評言は、作者の思いがストレートに読み手に伝わったことを示している。
 この句にとっては「ああ」が良かった、と思う。「嗚呼」は的外れ。「あゝ」も少し違う。「ああ」の穏やかさがとても良いように思う。
(可 21.01.19.)

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