カレンダーがドアノブにそっと年の暮 大平睦子

カレンダーがドアノブにそっと年の暮 大平睦子

『この一句』

 外出から戻ると、玄関のドアノブにカレンダーの入った袋が吊り下げられていた。知り合いのナントカさんに違いない。毎年、趣味の良いカレンダーを届けてくれるのだ。留守をして悪い事したなあ、それにしても来るのなら電話の一本もくれればいいのに・・。でもそこがあの人らしい。お互いに暮の忙しい時に、カレンダー一本のことで電話するなんて、出来ない、というのだろう。
 ちょっとした出来事を切り取って、「年の暮」の雰囲気を表した、とてもいい句である。日常生活の些事をすっと提示して、そのまま俳句になっている。この句は「・・が、・・に」という散文口調がかえって味を出している。
 与謝蕪村(1716〜1783)に「鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門」という句があるのを思い出した。仲良しの釣り好きの友人が、釣った鮎を届けてくれた。「ちょっとお寄りよ」と言うのを「もう夜分だから」と門口であっさり帰って行ったというのである。
 「君子の交わりは淡きこと水のごとく、小人の交わりは甘きこと醴(れい=甘酒)のごとし」(莊子)という至言がある。蕪村の念頭にはこの「淡交」の二文字が浮かんだものと見える。このカレンダーの句にもそうした気分が感じられて面白い。
(水 21.01.05.)

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