莢枯れて大豆は甘し北颪 高井 百子
『合評会から』
光迷 場所はどこでしょうか?「北颪」だから、丹沢でしょうか、上州でしょうか?畑仕事のことがよく分かっている人の上手な句ですね。
可升 こういう句は作ろうと思っても作れません。大豆の事、北颪の事を本当に知らないと作れない句です。俳句としても、とても調べが良い句です。
水馬(メール選評) 昔、生家で作っていた大豆の収穫を思い出しました。写生がきいていると思いました。
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大豆日本一の産地十勝の生まれの筆者だから、この句境は我が意を得たりである。葉や茎がカラカラに枯れて、もうだめになったんじゃないかと思うくらいになった後に、大豆の収穫が始まる。夏の青い枝豆が黄色く弾け出し、それが美味い豆腐や湯葉に変身するのだ。
「北颪」が吹く頃のあの風景を知るのは、上州生まれ信州在住の作者ならではと思う。たしかに大豆という作物のありようを身近に知る人が作った一句とうかがわせて疑念をはさまない。大豆のほんのかすかな甘みは豆乳にあり、作者は日々愛飲しているのかもと想像するのである。
(葉 20.12.22.)
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