池普請妖怪話の二つ三つ 髙橋ヲブラダ
『この一句』
川や池や沼の水底には何かが潜んでいる感じがする。そこを浚えばきっと得体の知れないものが現れるに違いないと恐れを抱く。それにまつわる怪談の二つや三つ出て来ても不思議ではない。池普請・川普請にはそんな気分がある。
「置行堀」(おいてけぼり)という妖怪伝説がある。江戸時代の怪談「本所七不思議」の一つで、墨田区本所の錦糸堀の話である。よく釣れると評判の堀川に釣糸を垂れて魚籃を一杯にして帰ろうとした夕暮れ、「置いてけー、置いてけー」とくぐもった声がする。恐ろしくなった釣人は魚籃の魚を掘割に放し、ほうほうの体で帰った。それをせせら笑った豪胆な奴が、何ほどの事やあらんと魚籃一杯の魚を背負って帰ったところ、発熱昏倒、目が覚めたら魚籃は空になっていた。
江東区、墨田区は元禄時代(1688─1704)に広がった大江戸の新興住宅地で、隅田川の氾濫原と東京湾岸の潮入りの低湿地を埋め立てつつ、人の住める土地を作っていった場所である。縦横に掘割が通され、堀を浚った土が積み上げられた場所に住宅が建てられた。セメントが無い時代だから、要所の船着場は石を積んだ河岸を作ってあるが、大半は自然傾斜の土手である。土留の杭や柳などが植えられているが大方は葦の茂った掘割。狸や狐、イタチが跋扈し、時には河童だって現れたに違いない。魑魅魍魎と人間が交錯する場所であり、池普請はその思いを新たにする機会であった。
(水 20.12.04.)
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