強かや倒れてもなほ秋桜 高井 百子
『合評会から』(番町喜楽会)
木葉 「強かや」を上五に置いたのが利いています。コスモスの強さをうまく詠んだと思いました。
水馬 倒れてもしっかりと咲いているコスモスをよく見かけます。実はしたたかなのですね。
春陽子 「倒れてもなほ強かや秋桜」にしたらどうでしょう。
水牛 いや、やはり原句通り最初に「強かや」をぶつける方がいい。
百子(作者) 去年、枯れたコスモスを捨てに空き地まで歩きました。すると今年、歩いた後にコスモスがいっぱい咲いている。驚くべき生命力です。
* * *
秋桜つまりコスモスでまずイメージするのは、紅や桃色、白などの花が風に揺れるしなやかな、優しい姿ではないか。あるいはコスモス街道などの一面に咲き乱れている光景である。しかし作者は、それらとは遠く離れた「強かな」姿をぶつけてきた。その視線にはっとさせられた。この着眼点は、作者がよく庭仕事をし、草花の生態を見続けている成果なのだろう。
「強かさ」で、菅義偉新首相や再結集に動き始めたNTTグループが頭に浮かんだ。だからといって、この句を時事句と見るのは行き過ぎだろうが…。
(光 20.10.22.)
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