原爆忌子との話しに孫も入る   澤井 二堂

原爆忌子との話しに孫も入る   澤井 二堂

『この一句』

 一読どういうことなのかと首を傾げるところもあるが、同じ作者が同時に出した句に「原爆忌なぜなぜなぜと孫の問ふ」があり、二つ合わせると情景がはっきり見えてくる。広島長崎の惨禍から75年、息子を相手に原爆の話や苦しかった戦後の思い出を語っていたら、孫が「なあに」と割り込んで来たのである。
 作者のお年からすると、物心ついた頃にはあの忌まわしい戦争は終わっていたはずだから、無論、原爆投下や敗戦当時の惨状は、この可愛い孫の年頃になって親や周囲の大人から聞かされて知ったのだ。しかし、作者は幼児期に敗戦後の苦しい混乱時代を経験しているから、原爆や空襲を直接体験したかのように脳裡に浸み込ませている。
 息子の戦争に関する知識は主に父親である作者からの伝聞である。ましてや孫にとっては、全く別世界の出来事である。しかし孫にしてみれば、いつも優しいおじいちゃんが少し恐い顔をして、パパに戦争やピカドンの話をしているのが気になって、「なぜ、どうして」ということになったのだ。
 この二つの句を見て、私は少なからずほっとした。まだこうしたしっかりした家庭がちゃんと残っているのを知ったからである。俳句という浮世離れした文芸にうつつを抜かしていられる幸せな日本と日本人を守って行くには、あの酷い戦争の話をこのように子から孫へと伝えていくことが、何より大切だと思う。(水 20.09.09.)

この記事へのコメント

  • 雀九

    2020年09月10日 21:11
  • 雀九

    私はこの句を選びました。二堂さんでしたか。なぜ原子爆弾を落としたの、と尋ねたに違いありません。科学者にしてジャーナリストのおじいちゃんを持ったお孫さんはきっと賢く育つでしょう。
    2020年09月10日 21:23