切通し念仏僧追ふ夏の蝶 藤野 十三妹
『季のことば』
「切通し」というから鎌倉七口のどこかである。鎌倉切通は山を切り開いた道だが、今は近代的な道路となっているものもいくつかあって、この句に相応しいのは当然両面から岩の壁が迫る往古の切通だろう。五山をはじめ僧侶の姿が鎌倉に多いのは自明だ。僧が昼なお薄暗い切通を念仏を唱えながら歩いている。五山はすべて臨済宗で念仏を唱えないから、他宗の僧であろうか。僧衣にしみついたかすかな抹香の匂いに引かれてか、蝶が一つついて来る。後になり先になり、いずれにしても絵になる光景である。
蝶は春から秋まで、時には冬にも見られるが単に「蝶」と言えば春の季語になる。
作者は「夏の蝶」を詠んだ。春は紋白蝶に代表されるように嫋やかで可憐な姿。いっぽう夏蝶は揚羽や黒揚羽のように大振りで派手。この句は墨染めの衣に黒揚羽がまといつきながら、ほの暗い切通を行く俳味ある景を切り取ったのだと思う。作者はふだん迫力のある強い言葉を好んで使う人だがこれはまことに大人しい。いい意味で最近は人変わりしたのではと感じるのである。
(葉 20.07.30.)
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