妻笑う青田の風は澄み渡り 篠田 義彦
『季のことば』
早苗が根付いて、伸び始めた稲が風にそよぐ頃合いの田圃である。
松風の中を青田のそよぎかな 内藤 丈草
朝起の顔ふきさます青田かな 廣瀬 惟然
山々を低く覚ゆる青田かな 与謝 蕪村
傘さしてふかれに出でし青田かな 加舎 白雄
背戸の不二青田の風の吹過る 小林 一茶
5月末から6月の梅雨入り後間もなくのあたり、まだ穂は出ていないがかなり伸びた青田は実に美しく、見ていて気持が良い。江戸時代の俳人たちもその様子をさまざに詠んで楽しんでいる。
義彦句も青田風の気持良さを「妻笑う」で十二分に表した。この作者とは互いに独身時代からの付き合いだから余計な情報が邪魔して作品評価の妨げになってしまう。これもそうで、さんざん苦労をかけた恋女房が身体を壊し、なんとか外出が叶うようになっての散歩で青田風に吹かれ、ようやく笑ってくれた、という一シーンかなどと深読みしてしまう。
そんなことは一切忘れ、全く見ず知らずの人の詠んだ青田風の句として見直した。しかし、やはり何らかの理由で笑いを忘れていた妻が「笑みを見せてくれた」という場面であろうと思う。青田風の句の中ではめずらしい、しみじみとした情感のある句である。
(水 20.06.16.)
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