土の香が重く漂ふ朧かな 岩田 三代
『季のことば』
繊細微妙にして複雑な晩春の宵の風情を、嗅覚を頼りとして詠んだ珍しい句である。春雨の止んだ後の、まだ何も植えていない菜園は黒々とした土が温みのある香を立ち昇らせ、低く地表を漂う。暮れなずむ頃合いの散歩の、道の辺の畑と取っても良かろう。朝から昼のもやもやとした空気は「霞」であり、それが夕闇になる頃には「朧」と呼ばれるようになる。どちらも朦朧として、ともすれば気だるさをもたらす。
春になって気温が上昇するにつれ、冬の間は気にも止めなかった土の香が感じられるようになる。ましてや耕された土は盛大に呼吸する。土中に潜んでいたウイルスやバクテリアが一斉に活動し始める。それを食べて太る細菌や微生物、それを捕食する目に見えないほどの虫、さらにそれを糧とする地虫など、蟄居していた虫たちが一斉に動き始める。それを目がけて蛙や蜥蜴や蛇や小鳥たち。それを追い掛ける鼠や鼬や狐や狸や、さらには猪、熊などが・・。
その頂点に君臨するヒトは、目に見えぬウイルスに怯え震えている。「何でも出来る」という己惚れが咎められたのだ。もう一度、本源に立ち戻って、「土の香」を胸一杯に吸い込んでみるのがいいようだ。
(水. 20.05.07.)
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