米農家継ぎに帰る子春の雨 谷川 水馬
『季のことば』
的はずれには違いないだろうが、劇団民藝の舞台を見るような光景だと、ひとしきり思った。宇野重吉か大滝秀治扮するオヤジのもとへ、都会に出ていた息子が突然帰郷し百姓を継ぐと言い出した一場かと。民藝の農民劇なら明るいホームドラマとはいくまい。プラザ合意とバブル崩壊後の離農が多かったという。現在も米農家は長年の“ノー政”のツケに翻弄され続けており、何ヘクタールもの水田を持たない農家の経営は楽ではない。この息子が米農家を継ぎたい、あるいは無理に継がされるのには、どんな理由があるかは読者には分からない。ただ、オヤジが手放しで息子の帰郷と後継確保を喜んでいる雰囲気は薄いように感じる。
鹿児島生まれの作者は、どこでこの一場面を見たのか聞いたのか、興味が湧いてこの句を採った。不況による解雇か、東京のコロナウイルスからの逃避か、その両方とみればこの時節を詠んだ時事句の秀作といえる。なにより、場面がすっと入って来る。そこに春の雨が降っているという。俳句の世界では「春の雨」と「春雨」を区別していて、春の雨は陰暦二月初めまでのやや冷たい雨を言うらしい。なるほど、作者は暖かい雨ではない微妙な雰囲気を詠んだものと思った。
(葉 20.05.04.)
この記事へのコメント
水馬