切干や脇役ばかり五十年     須藤 光迷

切干や脇役ばかり五十年     須藤 光迷

『この一句』

 読んですぐに「太秦」のことを思い浮かべた。東映と松竹の撮影所が今も残る映画の町。大映はなくなったが大映通り商店街に名前を残している。「蒲田行進曲」という、主題歌とタイトルは松竹蒲田なのに、舞台は東映太秦という不思議な映画もあった。
 この脇役はこの町に長年住む大部屋俳優。毎日撮影所に通い出番を確認する。出番はめっきり減ったが、殺陣の稽古だけは欠かさない。撮影所の帰りにはいつもの小料理屋を覗く。いつのまにか冬がやってきた。女将の作った切干の煮物で一杯やると、なんだか昔のことを思い出す。役者稼業もそろそろ五十年になる。・・・この句を読んで抱いた妄想である。
 俳句には字数の制限があるから、この脇役がどこに住むのか、どんな役柄が多いのか、独身者か妻帯者か、なにも教えてくれない。そこから先は、読者が十七文字を手がかりに想像するしかない。この句は季語の「切干」と「脇役ばかり五十年」の組合せが絶妙である。筆者はもともと妄想癖の強い方だが、こんなに刺激された句は滅多にない。佳句だと思う。
(可 19.11.17)

この記事へのコメント