行く秋や鉛筆で書く紙の音    鈴木 好夫

行く秋や鉛筆で書く紙の音    鈴木 好夫

『この一句』

 作者は医者。若かりしころ、フランス政府給費留学生としてパリ大学に学んだ。しかし、その給費額はあまりに少なく、極貧生活を強いられた。なぜこの世に貧乏が存在するのか、何度も自問したという。研究室から宿舎に帰ると、ノート整理や文献にあたる夜なべ仕事が残っている。ボールペンが普及する前なので筆記具は当然鉛筆だ。文献にアンダーラインを引いたり、ノートに書き写したり。秋の夜は長い。静寂の中、シャリシャリ、ザリザリ、鉛筆の芯が紙に触れる音だけが室内に響く。「貧乏ではあったけど、意外と充足した音でした」。遠くを懐かしむように、作者はそう語ってくれた。
 この句を読んだとき、よくこんな微細なところを詠んだものだと感心した。なんて繊細な感受性を持った人なのだろう、とも。言われてみれば、入学試験や入社試験のときは鉛筆の音が会場に満ちていたな、と遙か昔に想いを馳せた。
 最近、鉛筆で書くときの筆記音を聴くことは少なくなった。そもそも字を書く機会が減った。そのかわり、キーボードを叩く音が主流になってしまった。スマホの場合は無音だ。この句の味が理解されなくなる日はそう遠くない。
(双 19.10.29.)

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