秋の雲立志の人も今は杖     田村 豊生

秋の雲立志の人も今は杖     田村 豊生

『この一句』

 秋の雲は爽快感をもたらし、血気盛んな若者の心を膨らませ、奮い立たせる。即ち「立志」である。司馬遼太郎の人気小説『坂の上の雲』は明治期の青少年の間に横溢したそうした空気を鮮やかに描いている。この気分は第二次大戦で日本が完膚無きまでに叩きのめされる昭和20年まで続いた。いやその後も、「立志」は形を変えて20年ばかり生き続けた。敗戦直後の10年は塗炭の苦しみの中をもがきながら這い上がる「志」とし、その後の10年は日本を世界有数の大国に押上げる力としたのである。
 この句の主人公もそうした一人に違いない。大東亜戦争中は軍国少年として志を立て、敗戦後は経済大国への道をまっしぐらに突き進んだ。そして令和の今、杖を頼りとする身となった。
 しかし、この句には暗さは無い。「雲白く遊子悲しむ」といった、そこはかとなき寂しさは感じさせるが、じめじめしていない。「今は杖」と言いながら憐れみを乞うような所は微塵も無く、安心立命の感じが伝わって来る。
(水 19.10.15.)

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