福島の新米届き塩むすび     石丸 雅博

福島の新米届き塩むすび     石丸 雅博

『季のことば』

 季節を感じるものは身の回りに何十と存在しているが、「新米」と言われると、対抗するだけのものがない。松茸は値段からして手が出せない。秋刀魚は週に一回食卓に上がれば御の字で、それも今年は不漁だという。目を転じて秋風の気配を探ろうにも、窓は閉め切っていて、まだエアコンが動いている有様である。
 そこに福島から新米が届いたのだ。今はボール箱入りの宅配便で、かつての麻袋入りと違って持ちにくく、十キロ程度でも運ぶのに難渋する。作者によると、奥さんの母親の実家から毎年三十㌔も送ってくるのだという。送り元の遥かさ、三十㌔という重量感。秋の味覚はいま、そこに存在す、と言いたくなる。
 それを炊き上げ、塩結びにするのだという。何のおかずも要らない。海苔も巻かなくていい。ぎゅっと丸く結べば、それだけでいい。手に取れば、炊き上がって間もない温もり、いや熱々さが伝わってくる。合評会でこんな声が聞えて来た。「福島の新米は放射能ゼロですよ、と多くの人に伝えたい」。
(恂 19.10.06.)

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