死に方もおしゃれな男秋の雲   大澤 水牛

死に方もおしゃれな男秋の雲   大澤 水牛

『この一句』

 一読して、羨ましいと思った。そのように評価される人生、生き方(逝き方)が、である。いまの社会では「いかに生きるべきか」は熱く議論しても、「いかに死ぬべきか」は冷淡に扱われているのではないか。平均寿命と健康寿命の差が男で九年弱、女で十二年強にもなるのに(2016年)、「死に方」は避けて通られている。
 最近「終活」なる言葉が跋扈している。相続の賢い方法だとか墓の仕舞い方だとかが核心らしい。少子高齢化になれば家は余る、墓も余るのは当たり前。病人が増えて医療保険の負担が重くなり、公的年金は先細りになるのも分かり切ったこと。なのに、高度成長時代の制度を改革しようと斧を振るうものはなく、日本はじり貧の道へ。
 作者によると、この一句の主人公は「病気のことも死亡通知も一切するな、と言い残して死んで行った」とか。最近の政治家や財界人のことを口に出すのはよそう。これは死に方だけではなく出処進退に話を広げてのことだが…。いずれにせよ、この主人公の潔さに対しては頭を垂れるほかない。ぜひとも、あやかりたいものだ。
(光 19.09.23.)

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