はな子亡き象舎秋風吹くばかり  大倉悌志郎

はな子亡き象舎秋風吹くばかり  大倉悌志郎

『この一句』

 忘れかけていたが、「はな子」というタイ生まれの雌象がいた。戦後1949年初めて日本にやってきた。上野動物園の時代を経てから、3年前の2016年に井の頭の動物園で死亡するまで66歳の長寿を重ね数奇な運命をたどった。井の頭では象舎への侵入者と飼育員、人ふたりを踏み殺し殺人象と呼ばれた哀しい境遇に国際的な同情を集めた。おそらく作者にとっても思い出が深い象なのだろう。
今現在、はな子のいた象舎に代わりの象がいるのかいないのかはまず関係ない。また、作者が実際に井の頭へ見に行って感懐のあまりに句を作ったのかどうかを詮索する必要もない。とにかく、作者のはな子への「追慕の思い」と「秋風」の季語の見事な調和に納得する。動物園俳句というジャンルがあるとしても、今を生きる目の前の動物を詠んだ句が大多数だろう。この句は、かつての主亡き空虚の檻舎を詠んで抒情詩となっている。それは「秋風吹き抜けり」と写生調とせず、「秋風吹くばかり」と詠嘆調にした下五に込められている。
(葉 2019.09.22.)

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