啓蟄や腹の虫鳴く回復期 高井 百子
啓蟄や腹の虫鳴く回復期 高井 百子
『季のことば』
啓蟄は二十四節気のうち春の三番目で、新暦では三月五日か六日にあたる。水牛歳時記によれば、蟄は虫を閉じ込める字義で、啓は「ひらく」を意味する。「冬の間土の中に閉じ込められていた虫が地上に出てくる様子をさす」時候の季語で、春もそろそろ本番という時期を示すという。
例句を見ると「啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる 山口青邨」をはじめ、蛇やひきがえる、蟻などが詠まれている。掲句は、あろうことか腹の虫を登場させ、軽妙な笑いを誘っている。下五に置かれた「回復期」が句にリアリティーを与え、詠まれた状況への想像が膨らむ。
病気かケガで入院したのであろう。手術直後は食欲もなく、お粥で足りていたが、回復するにつれ病院食では物足りなくなり、ついに腹の虫が鳴き出したいう訳だ。回復期という言葉が、退院も近いと思わせ、さあ春だという啓蟄の心の弾みと響き合っている。下五が多角的に効いている句といえる。
体の中に虫がいて病気の原因になっているというのは日本古来の考え方で、戦国時代の医学書には63種類の虫が描かれているという。「腹の虫が治まらない」とか「虫の居所が悪い」といった慣用句も残っている。作者の腹の虫はそんな悪さをせず、お腹が空いたと鳴いて訴える。お腹が鳴るのは胃腸が元気に動いている証拠。早く退院して好きなものを食べ、虫を鎮めましょう。
(迷 25.04.03.)