薄氷の踏んでくれろと誘いたる  伊藤 健史

薄氷の踏んでくれろと誘いたる  伊藤 健史 『季のことば』  薄氷は国語辞典で引くと「はくひょう」と読み、薄く張った氷を意味する。俳句の世界では「うすらひ」あるいは「うすごおり」と読み、春先に張るごく薄い氷を指す。角川俳句大歳時記は「昼頃には解けて、いくつもの断片に分かれ消えて行く。冬の氷と違い、薄く消えやすい。淡くはかない情感がある」と解説している。傍題に「春氷」もあり、初春の季語に分類される。  掲句に描かれているのは、春先の寒の戻りで道端のくぼみに薄く張った氷であろう。子供でなくても思わず靴先で踏んでみたくなる。その気持を、薄氷が誘っていると表現したところに、可笑しみが生じ、ユーモアあふれる句になっている。「踏んでくれろ」という方言めいた表現もとぼけた味わいを醸している。  子供の頃に誰もが体験し、心に残っている記憶なので、共感した人は多く、2月の日経俳句会で高点を得た。「子供の頃は見つけるとみんなでキャッキャ言って踏みつけた 水牛」、「薄氷は踏みたくなるもの。誘いたるが面白い 戸無広」といった句評のように、自らの体験を重ねて点を入れたようだ。  もっとも国土交通省の統計では、全国の道路舗装率は82.5%に達している。現代の子供たちは登校の時に薄氷を踏みたいと思っても、氷の張った水たまりを見つけること自体が難しそうだ。 (迷 25.03.05.)

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