秋深し向う三軒未亡人     藤野 十三妹

秋深し向う三軒未亡人     藤野 十三妹 『この一句』  最初に見た時は、高齢化社会の現実をユーモラスに詠んだ句と思った。評者の住む町内会でも9軒のうち6軒が夫に先立たれた世帯で、向う三軒どころか両隣も未亡人である。大いに同感して点を入れたのは言うまでもない。  日本女性の平均寿命は87.1歳と世界一で、男性より6歳長い。同年代で結婚した夫婦のうち妻が生き残る可能性が高く、掲句に詠まれた光景が現出することになる。総務省の統計を見ても、75歳以上の後期高齢者2,076万人のうち女性は6割を占めている。  さらに秋深しの季語が、芭蕉の句「秋深き隣は何をする人ぞ」を思い起こさせ、ひねりの効いた諧謔味を感じさせる。10月の日経俳句会で「秋深し」の兼題句として最高点を得たが、句会では「未亡人」の用語が議論となった。「80歳、90歳のお婆さんに未亡人はそぐわない」「昭和レトロの死語ではないか」といった意見が出た。  未亡人の語源を調べると、殉葬(じゅんそう)の習わしがあった古代中国で、夫が亡くなった後も生き残っている夫人を指した言葉という。非難の響きがあるため、ジェンダーレスの現代では使うべきでない用語とされる。そんな議論があって、作者が分かると、また別の感慨が湧いた。2年半前に夫と死別して落ち込んでいた作者が、自らを未亡人と笑い飛ばしているのだ。「未だ亡くならぬ人」どころか、「まだまだ生きるわよ」という声が聞こえてきそうだ。 (迷 24.11.05.)

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