冷やかに退職手続ご案内 旙山 芳之
冷やかに退職手続ご案内 旙山 芳之
『おかめはちもく』
労務・人事関係の部署から届いた「退職手続のご案内」なる文書。満60歳なり65歳なり、退職年齢は企業ごとに異なりはするが、勤め人が仕事人生で必ず手にする書類である。当たり前だが、淡々と事務手続についての説明が書かれているだけで味も素っ気もない。作者はそれを「冷やかに」と詠んだ。
句会では「冷やかに、と言うのはちょっと言い過ぎではないでしょうか」という感想があった。確かに長年会社一筋に一生懸命働いて来た者に対して、「はい定年ですよ、以下のように手続してください」と木で鼻を括ったような紙切れが社内便で届けられたら、「物事にはやり方や順序というものがあるだろうに」と鼻白む気分になるのはわかる。しかし、この種の文書が紋切型になるのは已むを得ないことだ。逆に妙にクソ丁寧な、猫撫で声を字に書いたようなものだったら気持が悪くなる。このあたり、なかなか難しいところだが、やはり「冷やかに」は、少々きつ過ぎる感じがする。作者は会社では働きを大いに認められ、それなりに遇されて、定年を迎え何の不満も無く第二の人生を歩み出す手立てもついていると聞く。
種明かしをすれば、この「冷やか」は句会の兼題が「秋冷」だったが故に据えられたものなのだ。だから、これは「冷やかに」などと捻らずに、兼題をそのまま置いて「秋冷や退職手続ご案内」とした方が良かった。これで、ぶっきらぼうな文書にすっと冷たい風が吹き抜けた感じや、ちょっと寂しい気分も、切字「や」の働き…