爪割れて齢身に入む夕べかな   嵐田 双歩

爪割れて齢身に入む夕べかな   嵐田 双歩 『この一句』  季語は「身に入む」。水牛歳時記には、「秋風がひんやりして来ると、人は誰しももののあはれを感じるようになる。こうした秋のもの思いを誘うような、肌に沁み通って来るような感じ」を言うとある。たんに物理的な温度の変化ではなく、心情的なものに重きが置かれた季語であることがわかる。  作者は、近頃よく爪が割れることに気づき、それが老化現象によるものだと捉えている。調べてみると、たしかに、加齢によって爪の主成分である「ケロチン」というタンパク質や水分が不足し、爪が弾力性を失い、脆くなって割れると説明されている。  この句は、句会では、同じような経験を持つ人たちから支持され高得点句となった。とりたてて大きな出来事ではなく、こうした日常生活のなかでの、ふとした気づきのようなことを題材にして詠むのがとても上手な作者である。爪割れに気づき、「あゝ、齢をとったものだなあ」というしみじみした思いと、「身に入む」という季語の親和性はとても高く、まさにぴたりとはまった句である。  また、兼題の「身に入む」を「身に入むや」として上五に置いた句がずらり並ぶ中、「齢身に入む」と中七にまとめた技法の上手さも光っている。しょっちゅう爪割れに悩む筆者は、真っ先に特選句として採り上げた。 (可 24.10.01.)

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