沙羅の花抹茶一服深呼吸    池村 実千代

沙羅の花抹茶一服深呼吸    池村 実千代 『おかめはちもく』  茶庭に沙羅の花はまことによく似合う。6月から7月にかけて、椿に似た五弁の白い花を咲かせるので夏椿とも呼ばれる。朝咲いた花は夜になると散り落ちてしまうので儚さの象徴のようにうたわれ、『平家物語』の冒頭の「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色盛者必衰の理をあらはす」で有名になった。ブッダが涅槃に入った場所の紗羅双樹は夏椿とは別種の植物なのだが、姿形が似ていると、日本固有の夏椿が沙羅双樹に擬せられ、寺の境内や茶庭に盛んに植えられるようになり、「沙羅の木」「沙羅の花」と親しまれるようになった。但し、夏椿は放っておくと高さ十メートルの大木になってしまうから、茶庭と言っても奥行きのあるかなり広い面積が必要だ。  さてこの句、茶室から御庭を拝見、夏椿を愛でつつ、やおら一服というところ。優雅で、とても感じのいい句だ。  しかし下五の「深呼吸」という言葉がいかがなものであろうか。確かにこうした場所では、深く、ゆっくりと息を吸い込みたくなる気分はわからないでもない。ただ、「沙羅の花」と切れて、「抹茶一服」ときて、「深呼吸」となると、三度も息を吸ったり吐いたり、詠んでいる内容とは裏腹に妙に忙しない。  ここはやはり、抹茶を一服頂いて、お庭を改めて見渡すという順序で詠み、「沙羅の花」は下五に据えた方が落着くのではなかろうか。たとえば、「ゆるゆると抹茶一服沙羅の花」あたりはいかがだろうか。 (水 24.07.09.)

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