病窓に万緑がある生きてゐる 大沢 反平
病窓に万緑がある生きてゐる 大沢 反平
『この一句』
私事ながら、昨年難病指定の病気に罹ってからことに病床俳句に共感を覚える。病苦と闘いながら秀句を連発する句友もいて、日経俳句会では一つのジャンルの様相を呈している。この句の作者は千葉の自宅を離れ、湘南辺りに引き移ったとの近況を聞く。ずいぶん以前から病妻を詠んだ句をいくつも投句している。これはご本人のことか、ご夫人のことかよく分からない。
病床俳句はややもすれば重苦しい雰囲気が避けられず、生死の境で苦しむ境遇ならなおさらだ。戦後まもなく、死病に冒された石田波郷の療養俳句集『胸形変』に典型的な心象風景をみることができる。
ただ、病気に軽重があるにしろ、反平氏の句にはどことなく温かみが感じられる。「介護の夜妻に添い寝の夜寒かな」「寛解の報あたたかき穀雨かな」「久々に妻笑ひけり桜餅」などの句の数々である。これらにつながる掲句も作者自身を詠んだとも、ご夫人を詠んだとも思える。作者は病室の窓から見える景色がいつの間にか緑一色になっているのに気づいた。一種のカタルシスを覚えたのだろう。樹という樹、草という草すべてが生気を放ち広がっている。そこに「万緑がある」のだから、思わず「生きている」と悟った。「ある」と「ゐる」の一見綱渡りのような併用が、活き活きとし力強さを与えている。季語「万緑」の力と相まって、句もまさしく「生きている」。六月句会の最高点句である。
(葉 24.07.03.)