天秤の揺れに任せて金魚売り   野田 冷峰

天秤の揺れに任せて金魚売り   野田 冷峰 『季のことば』  季語は「金魚売」である。角川俳句大歳時記によれば、金魚を入れた浅い桶を天秤棒で担ぎ、「金魚えー、金魚」と声を引いて売り歩く姿は、江戸中期以降の夏の風物詩であった。令和の今はまず見かけないが、金魚のふれ売りは明治以降、昭和まで続いたようだ。昭和40年代までは全国で千人以上の金魚売り師がいたという記事もある(2015年・週刊ポスト)。  50代以上には、幼い頃に金魚売を見たという人が結構いるのではないか。句会では「昔見た景です」(二堂)、「子どもの頃、おじさんがリヤカーを引いて売りに来てました」(朗)など、昔を思い出して採った人が多かった。  掲句が金魚売を彷彿とさせるのは、中七の「揺れに任せて」の働きにある。天秤に振り分けた桶は歩みにつれて上下左右に揺れる。上手く受け流さないと、大きく弾んで水と金魚が飛び出してしまう。揺れに逆らわず、ゆったりと声を引きながら売り歩く姿が、中七から浮かんでくる。  江戸時代は季節ごとにいろんな種類の商品を、行商人が担いで売り歩いた。夏の季語となっているものだけでも、金魚売のほか蛍売、風鈴売、水売、蚊帳売などたくさんある。江戸市民は行商のふれ声で季節の変化を知り、暮らしを営み、風情を楽しんだ。いずれも今では失われてしまったが、作者は記憶の中の光景を五七五に詠みとめ、ノスタルジーを形にして共感を得た。 (迷 24.06.14.)

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