徴兵の無き国を生き鯉幟 須藤 光迷
徴兵の無き国を生き鯉幟 須藤 光迷
『この一句』
徴兵制とは国が国民に対し、法に基づき兵役の義務を課す制度。日本では明治政府が徴兵令を施行して以来、太平洋戦争終結の1945年まで70有余年、国による徴兵が行われていた。世界に目を向けると、60カ国以上が徴兵制を敷いているという。また、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、徴兵制復活や兵役対象を女性にも拡大するなどの動きが、ヨーロッパの国などでみられるそうだ。
イスラエルとハマスの争いにしても、ウクライナの惨状にしても戦争の犠牲者は常に一般市民、特に子供たちだ。
5月5日は子供の日。鯉幟は、端午の節句に男の子の健やかな成長と立身出世を願い、竿に立てる飾りだ。鯉は「登竜門」の来歴となった中国は黄河の竜門を登り切った鯉が竜になったという故事に基づく。親は子の幸多き行く末を願い、5月の空に鯉を泳がせる。
掲句は、徴兵制がない国に生を受けたありがたさを、そうと言わずに季語「鯉幟」に託し、「子供たちの将来を思う句になった」と多くの共感を得た。時事句は、ややもするとスローガンのようになったり、声高になったりと、詩として昇華しにくい側面がある。この句はその点、「徴兵の無き国を生き」とだけ言い切って、変に価値観を読者に押しつけてないのが魅力だ。その想いは下五「鯉幟」がしっかりと受け止めてくれている。時事句を得意とする作者の面目躍如たる作品だ。
(双 24.05.09.)