葛西から千葉の煙突蜃気楼 田中 白山
葛西から千葉の煙突蜃気楼 田中 白山
『季のことば』
蜃気楼を辞書で引くと、熱気・冷気による光の屈折異常で、空中や地平線近くに遠方の風物などが見える現象とある。水牛歳時記によれば、昔の中国人は、海中に棲む大蛤(蜃)が吐き出す息で空中に楼台を現すと考えて、蜃気楼と名付けた。海の上に浮かぶ街「海市(かいし)」という別名もある。日本では富山湾の蜃気楼が有名である。春によく起る現象なので、春の季語となっている。
4月の番町喜楽会の兼題となったが、蜃気楼を実見した人はほとんどおらず、皆さん句作に苦労したようだ。せいぜいテレビニュースで見るぐらいなので、どうしても想像を交えた句となりがちである。その中で掲句には、実際に見て詠んだと思わせるリアリティーを感じて点を入れた。
句に現実感を与えているのは地名(固有名詞)効果である。「葛西から」と立脚点が明確で、そこから東京湾越しに千葉の工場地帯を眺めれば、確かに煙突が浮かぶ光景が見えるだろうと思わせる。さらに煙突が見えたという事実だけを、投げ出すように詠んでいる句調からは、余計な情感を交えずに、見たままを伝えようという意思を感じる。
「東京湾・蜃気楼」でネット検索するとたくさんの画像が現れる。タンカーやコンテナ船が多いが、水平線上に浮かぶ製鉄所の高炉や煙突もあった。葛西に住んでいる作者は、よく臨海公園あたりを散策されるのであろう。東京湾の向こう側は君津市である。春の晴れた日に、海上に揺らぐ煙突を見つけた驚きが伝わって来る。
(迷 24…