九十九里無限の空へ初燕 大沢 反平
九十九里無限の空へ初燕 大沢 反平
『この一句』
九十九里の広大な空に初燕を飛ばせ、心が晴れ晴れとしてくる句である。九十九里は房総半島の東岸66キロにおよぶ砂浜をさす。どこまでも続く白い砂浜の眼前には太平洋が広がり、後背の丘に立つと地球が丸いことがよく分かる。
固有名詞は強い印象を持つので、句に使う際は、ほかの素材とのバランスが大事になる。この句の場合は、九十九里の空の広大無辺のイメージと、春になって戻ってきた燕が自在に飛翔する姿が、鮮やかに合致している。「無限の空」はやや大げさな措辞にも見えるが、九十九里の浜に立ってみれば、十分納得できる表現である。固有名詞によって、句に現実感と躍動感が生まれているように思う。
作者は長年千葉県に住み暮らし、よく奥様を乗せて房総半島各地をドライブされたと聞いたことがある。おそらく九十九里も何度も訪れ、その印象と思い出は脳裏に刻まれているに違いない。奥様の介護と自身の体調もあり、作者夫妻は一年ほど前に神奈川県三浦半島のケア施設に転居された。そんな事情を知って句を読み返すと、九十九里の空を飛ぶ燕には、房総半島を走り回っていた若き日の自分が重ねられているのではなかろうか。さらにいえば、燕が毎年帰る地に、今は帰れなくなったという作者の感慨が滲んでいるように思える。
(迷 24.04.10.)