頬刺や駿河の海の銀の波 溝口 戸無広
頬刺や駿河の海の銀の波 溝口 戸無広
『季のことば』
「頬刺」は聞きなれない言葉であるが目刺の異名。鰯のエラから口に藁を通し、数匹ずつ連ねることからその名があるという。純然たる季語ながらあまり使われていないようでもある。目刺も頬刺も「刺」という刺激的な字が入る。目に刺すか頬に刺すかの差にすぎないが、受ける印象はかなり違う。
この句を読んで場面の解釈にちょっと戸惑った。最初イメージしたのは、頬に藁を通した大量の鰯が脚立に並んで浜辺に干されているという景色である。それが陽を受けて銀色に輝き銀の波と化している図だ。「銀の波」はもちろん駿河湾の波に掛かっている。また「頬刺」とあえて使ったのは頬を刺すような寒風の中ともみた。
だが待てよ、これは作者が目刺を頬張りながら、鰯の集まる駿河湾の波を思い出しているのかもしれないと。「そういえばあの辺りには思い出があるなあ」と、頬刺で記憶が呼び起こされ、懐かしさから出来た句とも思えた。素直に読み解けばこちらの解釈のほうが真っ当だろう。「や」で切っているのだから、「頬刺」と「銀の波」は離れた二句一章の句とするのが正解かもしれない。
それにしても、即物的な目刺の兼題に詩情豊かな句が出来上がり、迷わず一票を投じた。どちらの解釈が正解なのかは、大阪在勤の作者に訊いてみなければ分からない。
(葉 24.03.17.)