すこやかに舟漕ぐ妻や春の宵   須藤 光迷

すこやかに舟漕ぐ妻や春の宵   須藤 光迷 『合評会から』(酔吟会) 春陽子 幸せな家庭だなあと思いました。「春の宵」が効いています。 愉里 平和で穏やかな風景で「春の宵」がぴったりです。わたしは「すこやかに」という言葉に惹かれて採りました。 双歩 妻への愛情がしみじみと伝わってくる句ですね。 道子 「すこやかに舟漕ぐ妻」って平和でいいですね。 光迷(作者) ご飯を食べて、テレビを見始めると、十分もしないうちに舟を漕ぎ始めます。           *       *       *  何とも穏やかなひと時である。春の夕刻、うつらうつら微睡む妻を温かく見守っている愛妻家が浮かび上がる。宋の詩人、蘇軾(そしょく)の『春夜』になぞらえれば、「春宵一刻船漕愛妻」とでもなるのだろうか。春の宵の駘蕩とした雰囲気が実に良く表現されている。  句会では、「『すこやかに』は子供にはよく遣うが、妻には相応しくないのでは」との意見があった。確かに、子供に対して「健やかに育って欲しい」などと遣うことが多い言葉ではある。とはいえ、屈託も無く船漕ぐ妻に、これからも心身共に健全でいて欲しい、と願う作者の気持ちも理解できるし、微笑ましい。 (双 24.03.30.)

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ふらここや日本アルプス蹴っ飛ばす 谷川水馬

ふらここや日本アルプス蹴っ飛ばす 谷川水馬 『合評会から』(酔吟会) 木葉 ぶらんこで蹴るという句がもう一つありましたが、豪快さではこの句が一番。 愉里 わたしもスケールの大きさで採りました。 光迷 平塚の海沿いに生まれたので、子供の頃はぶらんこで富士山を蹴って遊びました。 鷹洋 いま日本アルプスは真っ白な季節で、その光景を思い浮かべた。 道子 「アルプスの少女ハイジ」の日本版のようです。 迷哲 「ふらここ」の柔らかさと、「日本アルプス」の硬さがうまくマッチしています。私は「鞦韆や靴先で蹴るスカイツリー」を採ったのですが、ただ「鞦韆」で失敗した気がします。 水牛 スカイツリーの句が「ぶらんこや」なら良かったですね。 双歩 飛鳥を詠んだ句には「鞦韆」が合いますが、現代的なスカイツリーには「鞦韆」は合わないですね。           *       *       *  「スカイツリー」は筆者の句。清記用紙にこの句を見つけた時には、やられたと思った。この句のスケールには敵わないと思ったのである。「鞦韆」がスカイツリーには似合わないというのも、まったくその通りの指摘で頷くしかない。少し言い訳をすれば、初学のころ、三橋鷹女の「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」の句に感心するとともに、世の中に「鞦韆」という言葉のあることを知った。それ以来一度使ってみたかった言葉である。ケースによって言葉は吟味しないといけないのは当然。スケベ根性は良くない。 (可 24.03.29.)

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歯ごたへの良き地蛸にて木の芽和 金田 青水

歯ごたへの良き地蛸にて木の芽和 金田 青水 『この一句』  木の芽和は山椒の若芽をすり潰して山椒味噌を作り、季節の素材と和えたもの。春到来を告げる日本の伝統料理のひとつで、もちろん春の季語である。水牛歳時記では「筍と烏賊を和えたものが最高である」として、味噌と調味料の割合や筍の湯がき方など詳しく解説している。  番町喜楽会の三月例会に、木の芽和が兼題の一つとして出されると、選句表には調理の経験を詠んだ句はもとより、盛り付ける器や一緒に飲む酒の種類などを詠みこんだ句が賑やかに並んだ。和える素材も様々で、甲烏賊や赤貝がある中で、地蛸のこの句が一番おいしそうに思えたので迷わず選んだ。  木の芽和は何といっても鼻に抜ける山椒の若々しい香りと、味噌と和えた素材のハーモニーが味わいどころ。シャキシャキした新筍も捨てがたいが、歯ごたえのある地蛸は噛めば噛むほど山椒味噌と渾然一体となり、口中に春があふれそうだ。「地蛸にて」の「にて」が工夫した表現で、音数を揃えるだけでなく、地蛸と木の芽和を柔らかく結ぶ隠し味のような働きをしている。  この木の芽和をほかの句と一緒に味わうなら、赤べこ色の会津塗(春陽子)の器に盛り、志野の大ぶりのぐい呑み(水牛)を添え、地酒四種(双歩)の飲み比べといきたいものである。 (迷 24.03.28.)

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木瓜の花金婚なれど未知あまた  岡田 鷹洋

木瓜の花金婚なれど未知あまた 岡田 鷹洋 『合評会から』(酔吟会)  青水 五十年経っても分からないことがまだいっぱいある。素直に、いい俳句だと思っていただきました。愛情表現を、ストレートに詠んだいい句だと思います。 水馬 いい句だと思って採ったのですが、「未知あまた」に少し違和感がありました。 三薬 金婚の爺さん婆さんに「木瓜」は良くないし、全体に理屈っぽい句だと、採ったことを反省しています(笑)。 双歩 「木瓜の花」をもってきたのは、すでに呆けているということなのかな。 愉里 長年連れ添ってきてもまだ知らないことが沢山ある。そういう目で相手のことを見ているところが、この句のいいところではないかと思います。           *       *       *  夫婦の機微を詠んで高点を得た句である。結婚五十年を迎えた老夫婦ながら、この作者は妻に知らない部分がまだ沢山あるという。金婚なのに「未知あまた」は考えられないと筆者は思ったが。季語に「木瓜の花」を持ってきたところが作者の意図するところとみえる。呆けに通じる語音が、記憶力がとみに衰えた夫婦の現在を表す。未知あまたと言いながら、昔から知っていたことも忘れ去り、妻の仕草・心象をあらためて新鮮と意識したと捉えれば納得できる。まずは連れ添った歳月に敬意を払おう。 (葉 24.03.26.)

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うとうとと遅日のバスの揺れ心地 星川 水兎

うとうとと遅日のバスの揺れ心地 星川 水兎 『合評会から』(番町喜楽会) 可升 「遅日」は詠むのが難しくて、この句がいちばん季語の雰囲気を反映していると思いました。ただ「うとうとと」はちょっと説明的な気がしました。 水牛 確かに「うとうとと」と「揺れ心地」は重なった感じがしますね。 光迷 病院帰りによく恵比寿からバスに乗ります。女子高生が話しているのを聞いたりしていると、ついうとうとしてきます。春らしいいい気分の句です。 的中 遅日は電車ではなくバスですね。なかなか暮れない夕方とバスの揺れ心地が、よい取り合わせです。 水兎(作者) 「うとうとと」と「揺れ心地」のダブリ感はどうしたらいいですかね? 春陽子 「うとうとと遅日のバスの最後尾」なんてどうだろう。 誰か 「最後尾」では、うとうとじゃなくて横になりたくなっちゃいますよ。 水牛 うーん、やっぱり「揺れ心地」は外せないから、このままで良い気がします。           *       *       *  遅日は傍題に「暮れ遅し」や「暮れかぬ」があるように、昼が長くなったことより日の暮れるのが遅くなったことに重きを置いた季語。ちょっと眠気を催したりする。それとバスの揺れ心地との取り合わせは、絶妙というほかない。経験がもとになった句だろうが、いいところに目を着けたものだ。 (光 24.03.25.)

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品書は女将の細字木の芽和    中村 迷哲

品書は女将の細字木の芽和    中村 迷哲 『この一句』  句会で「木の芽和」を「このめあえ」と読んだら、「木の芽和」は「きのめあえ」、「木の芽時」は「このめどき」と読まなくてはいけないと指摘を受けた。帰って歳時記で調べると、その通りだった。念のために古い広辞苑を開いてみると、「このめあえ」も項目としては立っているが、「きのめあえ」を見よとなっており、語釈は「きのめあえ」にしかなかった。世間では「このめあえ」という読み方も流布しているが、正しいのは「きのめあえ」だよということか。句会は勉強になる。  木の芽和えは、すりつぶした山椒に味噌や調味料を加え、筍や烏賊、蛸などと和える、春らしい食べ物である。盛りつけた上に、木の芽を一枚あしらうのだが、昔から手のひらで叩くと良い香りがすると教えられてきた。当然ながら、お酒なしではすまされない。  この句に詠まれた光景は、居酒屋ではないだろう。割烹か、少なくとも小料理と看板に出ている店だろう。品書きは厚めの和紙に書かれていて、季節ごとに書き換えられるので、そんなに古びてはいない。「女将の細字」という措辞が、店の雰囲気やたたずまい、女将の容姿すら想像させる。加えて、「品書き」ではなく「品書」、「木の芽和え」ではなく「木の芽和」、「細い字」ではなく「細字」、こういった表記の細部が、きりっとした印象を与え、店も料理も引き立てているようだ。こんな店の木の芽和えなら、是非、行って食べてみたいものである。 (可 24.03.24.)

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買い物に出し妻いづこ遅日なり  須藤 光迷

買い物に出し妻いづこ遅日なり  須藤 光迷 『季のことば』  2月が足早に終わり桃の節句も過ぎれば、日暮れがやや遅くなったと実感する。歳時記には「遅日」と「日永」は同意だが、遅日は日暮れが伸びることに重きが置かれるとある。我ら老句友の平均年齢は70をゆうに越える〝日暮れ族〟だ。毎日が暇と言っていい年金生活。なかにはまだ現役で頑張っている人もいるが、おおかたは日がな一日夫婦顔を突き合わせて余生を過ごしている。  そういった日常の中でこの句の「妻いづこ」に同感する。作者の妻は夕食の食材を買いにスーパーに行ったのか、はたまた新しい春の装いをと思い立って都心のデパートにでも出掛けたのか。想像するばかりで実情は分からない。留守番の亭主は手持無沙汰である。俳句をひねったり読書もしたりして時間をつぶしているが、それにしても帰りが遅い。そろそろ腹が減って来たなあというところか。筆者ならスマホで「今どこ?」「帰りは何時ごろ?」などと訊きたくなるが、うるさがられるのが落ちでこれは禁じ手。  愛妻家であり我慢強い作者のことだから、悠然と帰りを待っている。その姿が目に浮かぶ。この句からは夫の苛立ちめいた気配はうかがえない。妻の帰りを待つ世の亭主族の心情を詠みながらも、それと一線を画す感じがするのである。妻を気遣いつつ遅日だからしょうがない、と下五を収めたところに作者の余裕がみえる。 (葉 24.03.22.)

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昼席の追い出し太鼓暮遅し    徳永 木葉

昼席の追い出し太鼓暮遅し    徳永 木葉 『季のことば』  春になって昼間の時間が永くなることを「日永(ひなが)」という。同じような季語に「遅日(ちじつ)」があるが、「もっぱら日没時間の遅くなったことに比重を置いた言い方」(角川俳句大歳時記)とされる。遅き日、暮遅し、暮れかぬ、なども同類の季語で、日没が遅くなったことに春を感じるのである。  掲句は寄席の昼席の終了を知らせる太鼓と暮遅しを取合せている。昼席は正午前後に始まり、午後四時過ぎに終わるところが大半である。作者が昼席で存分に笑い、太鼓の響きに送られて外に出てみるとまだ十分に明るい。冬の間は五時近くには暗くなっていたものが、日が伸びて夕暮れにはまだ早い。まさに「暮遅し」を実感したのではないか。  寄席太鼓は客の出入りに合わせて鳴らされる。叩くのは前座の仕事の一つである。はね太鼓とも呼ばれる追い出し太鼓は「デテケ、デテケ(出てけ、出てけ)」と聞こえると言われる。「デテケ」の太鼓を聞きながら、薄暗い客席から外に出たら、まだ明るくてびっくり。寒くて暗い冬の日を過ごしてきた身には、なおさら明るく暖かく感じられたであろう。  作者は健康面から夜の外出を控えているという。昼間出かけるのは問題がないので、寄席も昼席を楽しむようになったのではなかろうか。外に出て暮れかねる街を見て、近くのビアホールなんぞでグラスを傾け、遅日を楽しんだのではないか、と想像を広げている。  (迷 24.03.21.)

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春雪の庭に舞ひ来る尾長二羽   堤 てる夫

春雪の庭に舞ひ来る尾長二羽   堤 てる夫 『合評会から』(番町喜楽会) 水兎 尾長は結構大きくて、あれが庭に来たら嬉しいですよね。最近は都内でもよく見掛けますが、百子さんの句かなあ。 双歩 先日の関東の降雪か、あるいは上田あたりの実景か。 木葉 何とはない光景であるが、このあいだの雪を抒情的に詠んだ。降る雪には不思議な感覚があり、景が容易に想像できる。           *       *       *  オナガは体長40cm近くあるそうだが、尾羽が20cmと長くその名がついた。体の大きさはムクドリくらいでカラスの仲間。庭にやって来たらそれなりに存在感があるだろう。  長野の上田在住の作者宅には広い庭がある。手入れは大変そうだが、四季折々の自然の移ろいは、何よりのご馳走だ。上田は飯山辺りに比べると積雪は少ないが、雪はよく降る。春の雪に覆われたモノクロの庭に、尾長が舞い降りた。ただそれだけを言っているが、作者の感動、喜びが静かに伝わってくる。  最近、作者は大臼歯を抜歯したという。雪の中の歯科医通いは難儀そうだが、家に帰れば庭の野鳥が疲れを癒やしてくれると、掲句が語っている。 (双 24.03.20.)

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ガンダムも隅に飾りて雛祭り  玉田 春陽子

ガンダムも隅に飾りて雛祭り  玉田 春陽子 『合評会から』(番町喜楽会) 青水 ガンダムは男の子のおもちゃだから、この家には男の子と女の子がいるのだと思うけれど、もしかしたら、ガンダム好きの女の子なのかも知れない。 二堂 雛祭りは女の子の祭り。男の子に気配りしているところが面白い。 満智 飾り付けに子供が参加している楽しそうな様子が浮かびます。隅に置いたのは大人との交渉の末でしょうか。 愉里 こういうことをするのは弟くんですね。ガンダムは大きいのかなあ、雛人形は段飾りなのかなあ、などと大きさが気になりました。 水馬 出産予定の二人目の孫が男の子のようなので、きっとこんなことになる予感がします。           *       *       *  筆者も二堂さんと同じように、男の子がすねないように、大人が配慮したのだと思った。ところが、女性(満智さん、愉里さん)は二人とも、ガンダムを飾ったのは、子供であると捉えている。なるほど、目が覚めた。僕たち、男という人種は家庭や子供たちのことなど何もわかっていないのだ、と改めて知った。よしんば、並べたのが男の子でなかったとしても、お姉ちゃんが弟のために置いてやったのかも知れない。いずれにせよ、ガンダムを飾ったのは子供で間違いないだろう。 (可 24.03.18.)

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