梅古木ひと住まぬ地の廃屋に   金田 青水

梅古木ひと住まぬ地の廃屋に   金田 青水 『季のことば』  日本全国に人の住んでいない山間僻地が数多くある。限界集落が高じてついに住民ゼロになった村落もあれば、もともと僻地でなくとも、原発事故で住みかを棄てざるを得なくなった福島の町や村。令和六年元日の大地震により、外部から孤絶避難した能登の山間がこれに加わった。この句の「ひと住まぬ地」とはいずれの地を指すのだろうか。筆者は能登の被災地を詠んだ句と思った。そう読めば悲愴感のただよう時事句と取れる。   季の変わりを告げる「梅」である。早春にいち早くほころび、白・紅の花で「春近し」を実感させる。あの馥郁たる匂いと清楚なたたずまい。作者が思い浮かべた景色がどこかは置いて、舞台は能登だと決めて評を続ける。「梅古木」とはおそらく孤木だろう。人影ない被災集落の庭に立っている。あらかた倒壊してしまった家屋の惨状はテレビ報道で見た通り。二月初めの奥能登ならまだ蕾かもしれない。廃屋というよりもはや家の態をなしていない場所に常と変わらず老木が立つ。復旧のシンボルとも言いたげだ。老木は桜でもよいが、全身に苔を纏った梅の姿がよりふさわしい。  能登地震があったからこそ、この句が鮮明なイメージで景を思い起こさせる。能登山間地の復興活動は平地よりいっそう困難であろう。避難所などで不自由な生活を余儀なくされている人々にとって、この地が「ひと住めぬ地」とはならないようにと祈るばかりだ。 (葉 24.02.26.)

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