火の用心目白御殿の今むかし 杉山 三薬
火の用心目白御殿の今むかし 杉山 三薬
『この一句』
1月8日に目白の旧田中角栄邸が全焼した事件を、軽妙に詠んだ時事句である。火元は1階の仏壇付近で、娘の真紀子さんがあげた線香が原因とみられている。そこで選んだ季語が「火の用心」。歳時記を見ると冬の季語に「火事」や「火の番」があり、火の用心も火の番の傍題として載っている。事件の経緯を踏まえた、機知に富んだ季語の選択といえる。
旧角栄邸は目白御殿と呼ばれ、本人健在の頃は政治の舞台となってきた。正月には千人近い年始客が詰めかけて賑わったが、あるじ亡き後は無人となり、隣に住む娘夫妻が管理していたという。火事を伝えるテレビでは、全盛期の角栄氏と屋敷の映像が繰り返し流れていた。昭和史の舞台の一つが火事で消え去った出来事は、まさに栄枯盛衰を感じさせる。作者は「今むかし」の五音にそうした感慨を込めたのであろう。
この句が出された句会が開かれたのは1月17日。目白御殿の火事は人々の記憶に鮮明で、高点を得た。時事句はタイムリーであればあるほど強い印象を残すが、その分賞味期限は短くなる。内外のニュースが溢れ返る時代、半年もすれば事件の記憶は薄れ、句の意味が通じなくなる可能性がある。しかし〝旬〟のニュースを句に詠みとめようとする作者の姿勢は、俳句の可能性を広げるものであり、そのチャレンジ精神を買いたい。
(迷 24.01.26.)