最終版降ろし屋台のおでん酒 中村 迷哲
最終版降ろし屋台のおでん酒 中村 迷哲
『季のことば』
おでんの恋しい季節である。それにしても異常な温暖化が常態化しつつある。季節が夏と冬の二つになるのではないかと、専門家の間で囁かれている。鍋料理をはじめ冬の食べ物好きには好都合など、呑気なことを言っていられない。人類の所業による地球の熱発は、この先いったいどんな世界をもたらすのか分からない。
掲句の作者は日経新聞編集局の整理部(現在は名前が変わっている)に長く勤め、筆者の同僚でもあった。記者が書いた記事に見出しを付け、紙面に仕立てるのが整理部の仕事。朝刊編集の場合は深夜作業となる。最終版を組み上げ印刷に回すのは当時午前1時半ごろ。やれやれと夜食を摂りに大手町の社屋を出ると屋台が出ている。ラーメン、おでん、各種のつまみがあり、缶ビールやカップ酒で一夜の疲れを癒す。〝大手町カルチエラタン〟などと洒落た呼び名もあり、近くのホテルを定宿にしている外国航空のCAたちも顔を見せたりしていた。こうした屋台が平成令和の世知辛い世で生きながらえるのは無理。いまはもうない懐かしい風景だ。
作者はその想い出を「おでん酒」に込めた。新聞社OB、現役その他で構成する日経俳句会で高点を得たのは当然と言えば当然。「おでん」と「屋台」は付き物でも、そこに「最終版」が加われば句友のノスタルジーをかき立てるのに不足はなかった。
(葉 24.01.06.)