駅前へ移り行くとやそぞろ寒   金田 青水

駅前へ移り行くとやそぞろ寒   金田 青水 『この一句』  この句に詠まれているのは、駅から離れた一戸建分譲地のようなところだろう。高齢になった旦那さんが免許を返上し、ショッピング・センターまで行く足がなくなったり、奥さんの足腰が弱ってきて、近所の店に買い物に行くことすら困難になってしまったのかもしれない。高齢のご夫婦は、とうとう、住み慣れた郊外の一戸建を手放して、便利な駅前のマンションに引っ越したのに違いない。  手放した一戸建に子供や孫が住んで活用してくれるというようなケースは稀だろう。うまい具合に買い手が見つかれば、老後の資金が潤沢になり結構なことだが、そんなケースも又、稀なことだろう。  何よりも、長年住み慣れた家には、近所付き合いがあり、自ら手入れした木や花があり、小さな生き物もいるかもしれない。そういうものと、別れることが、一番辛いことに違いない。まさに「そぞろ寒」である。わずか十七音のこの短い詩を読んで、筆者はそんな妄想に陥ってしまった。  作者に問えば、実際に、お向かいの家族が駅前に移って行ったとのこと。伝聞をあらわす「とや」を用いて表現したことで、この句は個人的な体験を詠んだ句であるとともに、世相を切り取った句となっている。「移り行く」でなく、「移り住む」の方が良いのではないか、という意見があったが、作者は、ご近所が遠く離れ行き、取り残されることの寂しさも詠みたかったのではないだろうか。 (可 23.11.17.)

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