頂は未だ黒々秋の富士      大沢 反平

頂は未だ黒々秋の富士      大沢 反平 『この一句』  朝な夕なに仰ぎ見る富士。その色が今日は美しい、今日は暗い、あるいは山頂や山腹にかかる雲の具合で天候を占ったり、見る人それぞれがそれぞれの物差しを毎日富士山にかざしている。富士山は関東から中部地方の人たちの暮らしと切ってもきれない。いや、日本全国の人たちが一生に一度は登りたい、せめて間近に見たいと願う日本のシンボルである。それが証拠に全国各地の一番の山を「〇〇富士」と名付けている。  作者は長らく千葉市の海沿いに住んでいたから、東京湾越しの富士山を毎日眺め暮らしていた。それで富士の句も詠んでいる。この句もそうした富士遠望の一句だなと軽く見たのだが、どうやら少々違う。「頂は未だ黒々」と、わざわざ強く印象づけるように、富士山のてっぺんの様子を真っ先に掲げている。  毎月欠かさず参加するこの人が、令和5年夏からぷっつり。どうしたのかと思ったら、具合を悪くして入院加療ということだった。幸い本復、風光明媚で温暖な神奈川県三浦市にある老人介護施設に奥さんと二人で落ち着いたという。ほっと一息ついて、久しぶりの投句がこの句である。千葉から東京湾越しに眺める富士山はやはりもやがかっている。三浦半島の諸磯海岸からだと距離的にかなり近くなり、ことに朝日を浴びる富士は鮮明に見える。それで「頂は未だ黒々」の句が成ったのだ。  甲府地方気象台は10月5日「本日富士山初冠雪」と発表した。きっと反平さんは白い帽子を冠った富士山を愛妻と共に心ゆくまで仰ぎ見…

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