露の世やいろんな顔の通りゆく  伊藤 健史

露の世やいろんな顔の通りゆく  伊藤 健史 『季のことば』  晴れて風の無い秋の夜、放射冷却によって地面に近いところの水蒸気が冷えて水玉になり、草の葉や石の上などに粒になって光る。これが「露」で、秋の朝方の印象的な一風景となる。  しかし露は太陽が昇って気温が上昇するとたちまち蒸発、消えてしまう。そこを捉えて奈良平安の昔から、露をはかなきものの象徴として歌に詠むようになった。当然、俳諧の世界にも受け継がれ、現代俳句でも「露の世」「露けし」は人気のある季語として盛んに詠まれている。  この句も有為転変まことに儚いこの世を詠んでいるのだが、中七下五が意表を突いている。「いろんな顔の通りゆく」と言われても「そりゃそうでしょう」と答えるより仕方が無いのだが、これがなんとも面白い。選句表でこの句を見つけて丸印を付けながら、結局はもっと分かりやすい素直な句に押される形で取り損ねてしまったのだが、今こうして改めて読み直してみると、西鶴の永代蔵や世間胸算用でも読んでいる感じになって来る。  笑顔に怒り顔、福相貧相、太っちょ痩せっぽち、胸そらす人うなだれる人、上品下品、派手地味、鈍足敏捷・・・なんとまあいろんな顔のあることよ。しかしまあ、どんなに長く生きても百歳少々、露の世はあくまでも露の世。 (水 23.09.27.)

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