耳奥の終戦放送走馬灯 前島 幻水
耳奥の終戦放送走馬灯 前島 幻水
『この一句』
終戦放送とは、昭和20年8月15日に昭和天皇がポツダム宣言受諾を国民に伝えた、いわゆる「玉音放送」のことであろう。レコード録音された「大東亜戦争終結ノ詔書」を読み上げる天皇の声が、正午からNHKラジオで全国放送された。ほとんどの国民が初めて聞く天皇の肉声が5分ほど流れたが、難解な漢文が含まれ、意味が良く分からなかった人も多い。続けて流された関連放送や周囲の人の雰囲気で敗戦を悟った人が大半だったという。
作者はその天皇の声が耳の奥に記憶として残っていると詠む。「耳奥の」の措辞が効いている。奥という字面から、はるか遠くなったという印象に、記憶の底にはちゃんと残っているという意味合いが重なる。添えられた走馬灯の季語も響き合う。走馬灯はお盆に飾る影絵仕掛けの回り灯籠のこと。終戦放送の記憶が走馬灯のように繰り返し甦るのである。作者は終戦からこれまでの自分や家族の来し方、日本のありようなどを様々に思い浮かべたのではなかろうか。
句会では「実際に放送を聞いた人でなければ作れない句」(青水)との指摘があった。作者の自解によれば10歳の時に諏訪の自宅の庭先で聞いたという。玉音放送という言い方が一般的だが、作者はあえて「終戦放送」としたそうだ。終戦記念日になると放送のことを思い出すという作者にとって、天皇の声は長く苦しかった戦争の終わりを告げるものであり、やっと終わったという感慨が「終戦放送」の言葉にこだわった所以ではないかと推察している…