群衆のやがて静まる大文字  高橋 ヲブラダ

群衆のやがて静まる大文字  高橋 ヲブラダ 『季のことば』  大文字の送り火は京都の夏の夜を彩る風物詩で、テレビでも中継される。8月16日の夜、東山の如意ヶ岳に「大文字」が灯され、洛中を囲む山々に「妙法」「舟形」「左大文字」「鳥居形」の火文字・火形が次々に浮かび上がる。五山の送り火と呼ばれ、盆の行事として古くから行われてきた。盆踊や灯籠流し同様、秋の季語である。  掲句は五山の送り火を臨場感豊に詠んでいる。上五の「群衆の」によって、多くの見物客が集まっていることが分かる。鴨川の土手であろうか。点火を待つ群衆が見つめる中、夜空に大文字の火が忽然と浮かび上がる。湧き上がるどよめきと歓声。しばらくすると次の点火を待って、辺りは静まり返る。歓声と静寂を繰り返しながら、一時間ほどで送り火は終わる。  送り火を直接描写するのではなく、「やがて静まる」と気配を詠んだことで、余情をたたえた句となっている。送り火はお盆に帰ってきた先祖の霊が、あの世に戻る時に焚かれるもの。作者は火が消えた後の静寂にこそ、見送る心がこもっていると感じたのであろう。  この一年を振り返ってもウクライナ戦争の犠牲者をはじめ、地震、洪水、熱波の死者など悼むべき人の数は増え続けている。大文字に集まった群衆は、それぞれどんな思いを抱いて火を見つめたのだろう。大文字が終わると京都は秋の気配が立ち始める。静かな心で死者を悼み、供養したいという作者の心情がしみじみ伝わる佳句である。 (迷 21.09.01.)

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