千人風呂玉砂利蹴って一人泳 堤 てる夫
千人風呂玉砂利蹴って一人泳 堤 てる夫
『この一句』
7月13日に日経俳句会・番町喜楽会合同で、信州諏訪の名所を訪ねる日帰り吟行を催した。諏訪大社参拝などもコースに入れたが、目玉は歴史的な温泉保養施設「片倉館」の座敷を借りて、大浴場と句会を楽しむことだった。
片倉館は製糸業で財を成した片倉財閥が、従業員と市民の福利厚生のために昭和3年に建てたもの。諏訪湖のほとりの広大な敷地に、国の重要文化財に指定されているレトロな洋風建物が3棟並ぶ。中でも大浴場はプールを思わせるほど大きく、大理石造りの豪華なもの。底には玉砂利が敷き詰められ、湯に入ると足裏が心地よい。
作者は、天井が高く開放感あふれる大浴場に入り、思わず泳いでみたいとの思いを抑えきれなかったのであろう。幸い午後の早い時間で、ほかに誰もいない。「玉砂利を蹴って」に実感がこもっており、悠々と浴槽に身を泳がせる作者の姿がほうふつとする。
夏目漱石の坊ちゃんも道後温泉と思しき大浴場で、人がいない時に何度か泳ぎ、ついには「泳ぐべからず」の札を立てられてしまう。広々とした湯舟が童心を誘うのであろう。同じ吟行句の中に「泳ぎ出す千人風呂や一人ぽち」があった。わずか8人の吟行衆に2人も泳いだ人がいたとは、と思って作者をみると、何とてる夫さんの妻の百子さん。夫唱婦随ぶりに思わず頬が緩んだ。
(迷 23.07.28.)