唸る声どっと沸く声夏座敷 向井 愉里
唸る声どっと沸く声夏座敷 向井 愉里
『この一句』
この句をそのまま読んだ人は、果たして何を唸っているのだろうと、訝るに違いない。唸るものと言えば、浪曲や義太夫が考えられるが、あまり現代的ではないし、夏座敷にふさわしいとも思えない。
この句は、7月Ⅰ3日に行われた諏訪吟行の折に、片倉館で「しりとり連句」を行った光景を詠んだ句である。片倉館は、片倉製糸によって建てられた、地元民のための温泉保養施設で、国の重要文化財に指定されているレトロな建物である。「しりとり連句」は、先行する句の最後の二字をつなげて、普通の連句と同様に五七五・七七を連ねてゆく遊びである。小難しいルールはないが、花の座や月の座は連句同様に詠まなければならない。
この日は、捌き手をつとめられるはずであった水牛氏が急に来られなくなり、連句の捌きなどやったことのない筆者が急遽つとめるはめとなった。捌き手が頼りないと、かえって連衆の力が発揮されるもので、列車の到着遅れにより開始時間が大幅に遅れたにもかかわらず、短時間のうちに予定の半歌仙を巻き終えることが出来た。この句に詠まれたような、付け句に苦労して唸る人は一人もおらず、あえて言えば、唸っていたのは新米の捌き手ただ一人であった。
この句の良さは「唸る声どっと沸く声」という、連句の座の様子を少々大げさに表現した臨場感にある。それが、片倉館の瀟洒な「夏座敷」を結句に得て、いかにも雰囲気のある佳句となった。
(可 23.07.21.)