日本に生れて嬉し冷奴 大澤 水牛
日本に生れて嬉し冷奴 大澤 水牛
『季のことば』
夏の冷奴、冬の湯豆腐は、庶民の味方の双璧だ。何しろ豆腐は安価だ。物みな高騰する今日、スーパーでは一丁百円かそこらで買える。何より手間が要らない。せいぜいが、薬味を刻むくらいだ。しかも、飽きがこない。それでいていつ食べても旨い。こんな優秀な食べ物は世界広しといえど、そうそうないのではなかろうか。かくして「日本に生まれて嬉し」となるのも頷けるというものだ。
句会では、谷川水馬さんの「手刀を切って一人の冷奴」という句もあって、同工異曲ではないかと思った。手刀は人前をよぎるときなどに、儀礼として行うこともあるが、この句の場合は大相撲の勝ち力士が懸賞を受け取る時の所作だろう。普通の人でも何か褒美でも貰って、ちょっとおどけて手刀を切る事がある。「日本に生れて嬉し冷奴」を前に、思わず手刀を切りたくなる気持もまた、十分に理解できる。
ところで最近、季語に「縦題」と「横題」とがある事を知った。和歌以来の伝統的な季節の言葉を「縦題(竪題)」と呼び、俳諧によって加えられた季節の言葉を「横題」というそうだ。さしずめ「冷奴」は、宮邸などで食する雅な食べ物ではなく、長屋に住む熊さん八っつぁんが似合いそうな、堂々たる「横題」だろう。
(双 23.06.07.)