冷奴女将に小さき依怙贔屓   玉田 春陽子

冷奴女将に小さき依怙贔屓   玉田 春陽子 『この一句』  小学生の頃「あの先生、えこひいき」という呟きを、何度か聞いた覚えがある。出来のいい子や将来の美人などに、先生がちらりと見せる無意識的な態度と言っていいだろう。先生は表情に出さないのだが、何とはなしの態度が、特に敏感な女子生徒に見抜かれてしまうのだ。それがどうやら、街の小料理の女将などにも見つけることが出来る、と掲句は、やや悔し気に訴えている。  但しこの句は「冷奴を少し多めに」などと述べているのではない。冷奴はこの句の付け出しのようなもので、駅裏辺りの小綺麗な店の、そしてまた小綺麗な年増女将が、お気に入りの客にちらりと見せるまなざし、あるいは笑顔など・・・。つまり「冷奴」の一語で表されるような店の雰囲気を詠んでいるのだ。この句を選んだ数人は「上手く詠むもんだねぇ」と感心していたと思う。  美人女将。中でも手伝いは一人、という程度の店をやっている女将の多くは、しっかりした芯を身に備えている。一家を支えている、というような重責を担っているからだろう。その女将が時に見せる小さな依怙贔屓。そんな態度が見えたにしても、酒場の通は決して嫉妬したりはしない。「そうかね、なるほど・・・」。そんな小料理屋の雰囲気を、作者は楽しんでいるのだ。 (恂 23.05.19.)

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風薫るマチスのダンス回り出す  須藤 光迷

風薫るマチスのダンス回り出す  須藤 光迷 『この一句』  マチスのダンスとは面白い材料を詠んだなと思った。しかし、「風薫る」「回り出す」と動詞が多いのがうるさく思われ、採れなかった句である。「薫風や」なら一番に採ったのになあ、と思った。句会の席上、作者に疑問を呈したが、「動詞が好きなんだ」とかわされてしまった。  酔って句会から帰って、あらためてインターネットで、マチスの「ダンス」の画像を見た。背景の色調の異なる二つの絵があったが、いずれの絵もヌードの五人が手を繋ぎあって輪舞をしている絵である。見ているうちに、作者は季語も踊らせようとしたのかなと思えてきた。「薫風や」とすると、そのことで輪舞が止まってしまいそうな気がする。この句は、季語にも一緒に踊ろうよと誘っているのかも知れない。よく見ると、手前で踊る二人の手だけが離れていて、手と手の間に誰かが入って来るのを期待しているようにも見える。この句についていえば、「薫風や」がもたらす諧調は、あまり歓迎されないのかもしれないと思った。  そう思って一夜明けて、あらためてこの句を見たら、やはり「薫風や」にしたくなった。困ったビョーキである。上野で開かれているマティス展に行って、頭の中をリフレッシュせねば。 (可 23.05.18.)

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長廊下一列に行く若葉かな    今泉 而云

長廊下一列に行く若葉かな    今泉 而云 『この一句』  若葉溢れる長い廊下を一列に歩いている、とはどういう光景だろう。例えば京都の東福寺。紅葉で有名だが、新緑の季節もまた素晴らしい。特に通天橋という橋廊からの眺めは絶景だ。休日ともなると長い廊下に観光客が列をなす。あるいは、大きな旅館の渡り廊下。その廊下から自慢の中庭を見ると、若葉が眼を癒やしてくれる。そういう若葉に相応しい景が浮かび、採った。  果たして読みは当たっていたようで、作者によると何十年も前の旅行の想い出という。京都の天龍寺だったか、十人足らずの一行が長廊下を一列になり、樹々の若葉を見ながら歩いて行った。また、ある料亭で知人の祝い事があり、そこでも似たような経験をしたという。  ところが、この句を選んだ愉里さんは、「入学したての小学一年生の列を詠んだと思いました」という。ほかにも似たような解釈をしていた人もいた。なるほど、体育館に繋がる渡り廊下を新一年生が一列に歩いている情景、との解釈もありそうだ。若葉が眩しい季節でもあり、初々しい児童を若葉と対比させた、とも取れる。  俳句は発表した後は、どう解釈されても読者の自由といわれる。自分の体験に照らして、それぞれの景を思い浮かべるのも俳句を読む楽しみの一つだ。 (双 23.05.17.)

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蹴つまづく我を笑ふか踊子草   大澤 水牛

蹴つまづく我を笑ふか踊子草   大澤 水牛 『この一句』  踊子草は田んぼの畦道や住宅地の道端に群生する。まだ寒い春先から田植えのころまで、縮れた卵型の葉に淡紅色の花がつく。花の形が笠をかぶった踊り子ように見えるところからオドリコソウと名付けられた。  世界に五十種ほど、日本にも五種あるという。植物図鑑をいろいろ繰ってみたが、作者の転ぶところを目撃した踊子草がどこの何種のものか、日本古来のものか、特定しにくかった。  私の生活圏である長野県上田市に限ってみれば、踊子草は茎短く唇形花をつける。遠目にはそこに絨毯があるかのように思える。そうだとすれば、密生した踊子草につま先を取られて転倒するというのは、ありそうな話だし、高齢者には危険極まりない出来事となる。  そうではなくて踊子草を傍観者に見立て、笑い噺風に仕あげたとすれば、作者の狙い通り、俳諧味たっぷりということになろう。 (て 23.05.16.)

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鯉幟あにおとうとの半世紀    堤 てる夫

鯉幟あにおとうとの半世紀    堤 てる夫 『この一句』  句を読んだ時に、童謡の「こいのぼり」ではなく、“はしらのきずは~”で始まる「背くらべ」の歌詞が頭に浮かんだ。鯉幟から五月五日の端午の節句を想起し、兄弟が出てくるので「背くらべ」の世界を句に重ねたのであろう。  「背くらべ」は大正時代の作詞家・海野厚の作品である。上京中の海野が故郷・静岡にいる年の離れた弟のことを思って作ったと言われる。兄を慕う弟の視点で書かれているが、兄弟の仲の良さが伝わってくる。海野は28歳の若さで結核のため亡くなっており、残された兄弟にとっては切ない思い出の歌でもある。  掲句は、鯉幟を揚げてから半世紀を経た兄弟を詠んでいる。兄と弟の二人兄弟にとって、この五十年はどんなものだったのか想像したくなる。いろんな出来事、交流があったであろう。家族との思い出は山ほどあるだろうし、時には兄弟げんかをしたかもしれない。鯉幟の季語と半世紀の言葉が響き合い、読む人に自らの兄弟姉妹のことを思い出させる。  句会での作者の説明では、甥にあたる兄弟の悲しいドラマが背後にあるという。子供の成長を願い夏空に泳がせる鯉幟は、家族愛の象徴でもある。そのドラマを知らなくても、兄弟の半世紀に添えられた鯉幟の季語によって、二人をいとおしむ作者の気持ちは十二分に伝わってくる。 (迷 23.05.15.)

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昼食は日比谷のテラス若葉光   廣田 可升

昼食は日比谷のテラス若葉光   廣田 可升 『季のことば』  初夏の気分の良さを示すものはたくさんあるが、中でも「若葉」は横綱格ではないか。枯枝から芽吹いたいたいけな芽が徐々に葉を広げ、五月の声を聞くころには木全体が萌葱色になる。回りの木々も同様に葉を茂らせ、日を追って緑を深め、やがて「若葉」は「青葉」になる。  晩春から初夏にかけての木々の「目覚め」は人間を大いに元気づける。萎えていた体に活を入れられ、背筋が伸びるような感じである。日本人は特にこれを好み、和歌俳諧では初夏の代表的な歌材となって、現代にも受け継がれている。  「若葉光」と「光」という字をつけて詠まれることも多いが、これは「若葉の輝き」を称揚する気持を強調したものである。若葉を輝かす初夏の陽射しや、それによって醸し出されるすっきりとした気分、あたりの雰囲気をも含んでいる。芭蕉が「奥の細道」の旅で日光を訪れて詠んだ「あらたふと青葉若葉の日の光」がまさにこれである。  さて掲句。何と言う事もない詠み方だが、すっきりして実に気持が良い。この「昼食は日比谷のテラス」は何処か。私は勝手に日比谷公園の老舗松本楼のテラスと決めつけたのだが、やはりそうだということで嬉しくなった。1961年夏、警視庁詰めの駆出し記者の私はヘマばかりやって打ちひしがれ、しばしば日比谷公園をさまよった。その時の「若葉光」が脳裏に焼き付いている。 (水 23.05.14.)

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難病の癒ゆる日ありや薄暑光   徳永 木葉

難病の癒ゆる日ありや薄暑光   徳永 木葉 『この一句』  病気にまつわる句を評するのは難しい。どうしても、句そのものよりも病気という事実が先に立つ。いうまでもなく、病気の当事者は作者であって評者ではない。どんなに言葉を尽したところで、他人事をとやかく論じているに過ぎないとの誹りは免れないであろう。ましてや難病である。それでも、この句にコメントを書きたいと思った。  この句が読む者を惹きつけるのは、やはり、「薄暑光」という季語を用いたことにあると思う。歳時記によれば、「薄暑」は、初夏のころ、やや暑さを覚えるようになった気候、と説明される。それはやや汗ばみ始める頃でもあり、もやもやした気分が作者の不安な心境につながるところがある気がする。そんな薄暑の季節にさす光が「薄暑光」である。  ここで「薄暑光」が用いられたのは、中七の「癒ゆる日ありや」のあとに、五音の「薄暑光」を置くことによって句調が整うから、ということだけだったのかもしれない。しかし、筆者には、「薄暑光」の「光」が、「癒ゆる日」につながる希望を表す文字に思えてならない。作者にそういう意図があったかどうかとは別に、そのように解釈することで、句の重みはいっそう増す気がする。  いずれにせよ、一日も早く、作者に「癒ゆる日」が訪れることを願うばかりである。 (可 23.05.12.)

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癌とりし喉につるりと冷奴    谷川 水馬

癌とりし喉につるりと冷奴    谷川 水馬 『合評会から』(番町喜楽会) 幻水 この句は作者が想像できるんですが…。まぁそれに関係なく、冷奴を上手く表現しているなぁと思います。 迷哲 辛く重い体験があったと思うのですが、そんなご自分の体験を句に詠む精神力がすごいなぁと思いました。 而云 これはもう体験者にはかなわないなぁ。我々も冷奴は「つるり」という感じがするのだけれども、体験者にはそれが切実に感じるのでしょうね。 水牛 冷奴の喉越しの良さを、厳しい体験を経た後の「つるり」と表現している。感心しました。 斗詩子 辛い手術を無事に終えた後、そろりと口にした冷奴の喉越し、格別な味だったでしょう。ほっとした静かな喜びが感じられます。           *       *       *    作者の弁「手術から五年たちました。寛解と言われてます。今は喉に何の違和感も残っておらず、冷奴がつるりと喉を過ぎていきます。兼題に「冷奴」が出たときから、この感覚を絶対に句に作りたいと思いました。病を得たときは本当につらかった…。けれど今は大丈夫です。ありがとうございます」。これ以上付け加えるべきことは無い。病の句でありながらこの句は明るさを感じる。何と言っても「つるりと冷奴」が効いている。 (水 23.05.11.)

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パンプスで急ぐ穀雨の丸の内   金田 青水

パンプスで急ぐ穀雨の丸の内   金田 青水 『この一句』 パンプスとは、甲の部分が広く開いていて、足を滑らせるように履く女性用の靴をさす。つま先の形やヒールの高さで様々なバリエーションがあり、丸の内の女性であれば、職種によって違いが出てきそうだ。秘書や管理職はハイヒールに近いもの、営業職であれば先が丸くかかとの低い動きやすいタイプが多いのではなかろうか。 掲句はパンプスの女性と季語の穀雨を取合せ、オフィス街に働く女性の姿を活写している。穀雨は二十四節気のひとつで、新暦では4月20日頃にあたる時候の季語。穀物を育てる雨がよく降ることから穀雨といわれる。この頃の丸の内には、入社したての初々しい新人が溢れている。真新しいスーツや靴、それに初々しい表情からすぐに分かる。穀雨は春から成長して行く新人を象徴していると読める。 さらに「急ぐ」という言葉から実際に穀雨に遭ったのではないかと推察される。ハイヒールでは走れないので、ここは活動的なパンプスを履いた新入社員が、春の雨に遭って走り出している場面を想像した。穀雨の季語が、時季と雨に二重に効いている 誰もが働く女性が詠んだ句と思ったら、名乗り出たのは傘寿を迎えた作者。意外ななりすましに句座はどよめいた。作者は丸の内にするか大手町にするか迷ったという。大手町が無機質なビジネス街の印象が強いのに対し、丸の内はブランド店が店を構えるなど華やかさも併せ持っている。パンプスの新入社員は丸の内でこそ、より生き生きと輝くのではなかろうか。 (迷 23.0…

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穀雨かな土の呼吸を聞きをりぬ   水口 弥生

穀雨かな土の呼吸を聞きをりぬ   水口 弥生 『季のことば』  しんみりとして気分の休まる、とても良い句だ。7日付けのこの欄に載せた「鋤き畑の穀雨の雨になりにけり 正市」という句とも相通じる気分があるが、この句は畑とは限らず、庭先のほんの小さな植込みでも良いし、町中の公園でも、あるいは住宅街の小道でもいい。植物、動物あらゆるものを生み育てる大地の息吹を「ゆく春」の中で感じ取っている。  「穀雨かな」と冒頭に据えたことにより、この普段見慣れない聞き慣れない季節の言葉についてあれこれ考えさせる。これを意図してこしらえたのだとしたら、ものすごく技巧的な詠み方だなと思う。  俳句は季節の歌である。季語を詠み込むことによって、季節の移り変わりとともに、自然界の動きや人間世界の種々相に思いを馳せることになり、それに載せて、その時々の自らの思いを述べるという筋道になる。  そういう順序に従ってこの句を読み直すと、さらに思いが深まる。たまたまカレンダーに書いてある細かな字を読んでいたら「穀雨」とあった。昔の暦の言葉らしいので早速辞書で調べた。なるほどそういうことなのかと、今までさしたる感慨も抱かずに眺めていた地面が、なんだか急に息づいているように思えてきた。──果たして作者がそんな思いからこの句を作ったのかどうかは分からない。が、なんとなくそんなことまで感じる句なのである。 (水 23.05.09.)

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