卒業式初めましてと言いそうに  杉山 三薬

卒業式初めましてと言いそうに  杉山 三薬 『この一句』  初見では一瞬、何のことか分からない。よくよく考えてみると、あ、そうか、今年の卒業式はやっとマスクが外せるようになったので、それを詠んだのだ、と気づく。やや回り道を強いるが、読者にはちゃんと伝わったようで、時事句を得意とする作者の面目躍如、高点を得た。  文部科学省は2月、学校の卒業式について「児童生徒と教職員はマスクを外すことを基本とする」との通知を都道府県教育委員会などに出した。校歌斉唱などはマスク着用を求め、保護者や来賓はマスク着用とした。これにより今年は、小中高校をはじめ、大学や専門学校などでもマスクなしの卒業式が開催された。  「新型コロナ」という訳の分からないウイルスが全世界に蔓延し、腫れ物に触るように恐れおののいていた2020年4月。小学校はもとより中学校や高校は入学式すらできない状況だった。生徒らは、入学以来3年間、一度もマスクを外す機会がないまま卒業を迎えた。それが、やっと卒業式になって初めてマスクなしでも良いとされたのだ。  「急に外すのは違和感がある」、「受験を控えて、感染が心配なので」とマスクを着用する生徒もいたようだが、「最後にマスクなしの顔を見られて嬉しい」と素直に喜ぶ声をニュースが伝えていた。  あれから3年という月日が、掲句の背景に流れている。 (双 23.04.06.)

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小さき手をつなぐ皴の手彼岸道  高石 昌魚

小さき手をつなぐ皴の手彼岸道  高石 昌魚 『合評会から』(日経俳句会) 三代 お婆さんが孫と手を繋いでお爺さんの墓参り、という景が浮かんできました。微笑ましい。 実千代 自分のことを詠まれているんじゃあないかと思った。子どもとお婆さんの愛情豊かな情景が見えました。 鷹洋 絵に描いたようなところを句にしていて。憧れをこめて頂きました。 芳之 孫世代へのバトンタッチ(伝承)のようにも感じました。 反平 孫の手と思うのが普通だが、奥さんの手かもしれない。いずれにしろ優しい心が通う暖かい日なのだ。 定利 皴の手が良い。 而云 皴の手が小さな子供の手を繋いでいるのか、それとも子供の手がばーばの皴の手を繋いでいるのか、どちらが主語だろうと迷った。小さな手がばーばの手を繋いでいる方が良かった。           *       *       *  大病を乗り越え94歳の春を満喫されて居られる句会最長老の作者は、公衆衛生学の大家であり、ことに子供の健康保持・増進に関する医療に造詣が深い医学者である。そういう背景もあってのことであろう、子供を詠んだ素晴らしい句が多い。シワの手から小さく柔らかい手に、「孫世代へのバトンタッチ」という芳之さんの読み取り方が正鵠を得ているような気がした。 (水 23.04.05.)

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特養に春眠並び波しずか     深瀬 久敬

特養に春眠並び波しずか     深瀬 久敬 『この一句』  「特養」と言うと、ひと頃は「それ何?」の人たちがいたものだが、この公的老人ホームも近年、ようやく一般化し、「俺もそろそろ特養に入ろうか」などの声が聞こえてくるようになった。掲句の特別養護老人ホームは海岸に在るのだろう。この日は天候に恵まれ、風の音も浪の音も聞こえてこない。広い寝室にベッドが並び、寝息が「スヤスヤ」と聞こえてくる。  そんな特養の状況を作者は「春眠並び波静か」と表現した。うまく詠むものだ、と思う。「春眠並び」ではあるが、全員が睡眠中ということではない。熟睡中の人、寝入りばなのウトウト程度の人、目覚めてはいるが、瞼を閉じたままの人もいるはずだ。それらの人をすべて「春眠」と捉え、シーンと静まり返った広い寝室の様子を描き切った。  祖父、祖母がいずれ迎える人生の最後の期間を、家族はどう捉えるべきか。祖父祖母の恩は山ほども高い。しかし「最期の時まで家族が自宅で面倒みるべきだ」の声は近年、消えかけているようだ。そして祖父母側の多くも、特養行きを納得しようとしているらしい。筆者も掲句の作者も、そろそろそのような状況に差し掛かかる時期である。 (恂 23.04.04.)

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「みんなの俳句」来訪者が19万人を超えました

「みんなの俳句」来訪者が19万人を超えました  俳句振興NPO法人双牛舎が2008年(平成20年)1月1日に発信開始したブログ「みんなの俳句」への累計来訪者が、4月2日に19万人に達しました。この盛況は一重にご愛読下さる皆様のお蔭と深く感謝いたします。  ブログ「みんなの俳句」はNPO双牛舎参加句会の日経俳句会、番町喜楽会、三四郎句会の会員諸兄姉の作品を日替わりで取り上げ、「みんなの俳句委員会」の幹事8人がコメントを付して掲載しています。  このブログもスタート当初は一日の来訪者が10人台でしたが、最近は100人を超えることもしばしばになっています。幹事一同、これからも力を尽くしてこのブログを盛り立てて参る所存です。どうぞ引き続きご愛読のほどお願いいたします。      2023年(令和5年)4月3日 「みんなの俳句」幹事一同

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土黒く土温くして福寿草     鈴木 雀九

土黒く土温くして福寿草     鈴木 雀九 『この一句』  福寿草と聞くと大方の人は正月飾りの盆栽仕立てを思い浮かべる。しかし、自然のままの福寿草は二月半ばから三月にかけて咲く。この句も二月半ばに俳句仲間連れ立って府中の公園に吟行に出かけたときのものである。  「梅の根元に福寿草が咲いていました。土が黒く、温いからあんなに黄色が強いのですね。季重なりかなあと思ったのですが、美しい福寿草がそんなのいいさと私に言いました」(三代)、「土、土という言葉の繰り返しがリズムを生んでいます。地球と花のパワーを感じます」(水馬)と、ホンモノの福寿草を見つけた喜びを作者と分かち合っているような句評が寄せられた。  「土黒く土温く」がこの句の眼目である。豊かな栄養分と陽射しを浴びた「黒く温みのある土」に根付いた植物はすくすく育ち、美しい花を咲かせ、立派な実(種子)をつける。しかしそういう場所は少ない。しかも植物は動物と違って自由に動き回り己の住処を探すことは出来ない。だから、種子に羽を付け風で四方に吹かれ飛び散るようにしたり、四方八方に根を伸ばして子孫の繁殖地を見つけたりする。しかし、いずれも「あてずっぽう」である。何千と飛ばした種子が適地を見つけて芽生え花咲くのは三つか四つといった確率であろう。  「お前、いいところに陣取ったなあ」と、作者は自分のことのように喜んでいる。そんな気分が伝わって来る句である。 (水 23.04.03.)

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入彼岸こゑ聞くだけと電話来る  玉田春陽子

入彼岸こゑ聞くだけと電話来る  玉田春陽子 『この一句』  電話は俳句の素材としては格好のものではないかと思う。電話には話す相手があり、用件がある。俳句は十七音しかないから、相手が誰で、用件は何とつぶさに説明することはできない。ほとんどが読み手の想像にまかせられ、俳句としての含みの効果が生まれる。  彼岸の入りに、声を聞くだけと言ってかかって来た電話なので、都会に出て行った息子に、親が心配してかける電話を想像した。さだまさしに「案山子」という歌がある。一番の歌詞は〈元気でいるか/街には慣れたか/友達出来たか/寂しかないか/お金はあるか/今度いつ帰る〉である。季節も、シチュエーションも異なるが、掲句にはこの歌と通底するものがあるような気がした。  この電話はやはり固定電話だろう。携帯電話や、スマホでも意味は通用するのだが、やはり絵柄としては固定電話、なかんずく黒電話を思い浮かべてしまう。スマホの場合だと、昨今は、音声通話ではなく、文書メッセージのやりとりに使われることが多く、このような場面は想像しにくいように思う。  この句は、「こゑ聞くだけと」の中七が効いていて、こんな表現を思いつく作者はつくづく上手だなと感心させられる。ただ、「こゑ」などと表記せず、「声」で良いのではないかという意見が出た。そこは同感である。 (可 23.04.02.)

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