母の忌の菜飯にぎりのほろ苦き 徳永 木葉
母の忌の菜飯にぎりのほろ苦き 徳永 木葉
『合評会から』(酔吟会)
てる夫 菜飯と言えばお母さんを思い出す人が多いのではないでしょうか。良いことも、悪いことも、いろいろなことを思い出すのでしょう。
三薬 思い出のほろ苦さと菜飯そのもののほろ苦さをうまくつなげて詠んだ句だと思います。
青水 良い句なのですが、この菜飯にぎりを誰が作ったのかということが気になりました。
愉里 「ほろ苦き」が気に入っていただきました。普段は作らない菜飯を、母の忌日だから作ったのでしょうか。
水馬 最近は菜飯をあまり作ることがありませんが、菜飯といえばやはり母の味という気がします。「ほろ苦き」が効いています。
* * *
この句を採った人は、おおむね下五の「ほろ苦き」を評価している。一方、この句を採らなかった人から、菜飯というのは苦味のあるものだから、あえて「ほろ苦き」と詠む必要はない、という意見が出された。また、「母の忌」「菜飯」「ほろ苦き」では、イメージがかぶりすぎるという評もあった。とても微妙な問題だという気がするが、筆者は、やはり「ほろ苦き」があってこそこの句は成り立つように思う。いずれにせよ、考えさせられる指摘であった。
(可 23.03.27.)