しいたけの駒打つ音や春の風 谷川 水馬
しいたけの駒打つ音や春の風 谷川 水馬
『この一句』
駒打ち作業を具体的には知らなかったが、句を読んだ時に山々にこだまする「コーン」という音が聞こえる気がして点を入れた。谷を渡る心地よい春風が感じられる伸びやかな句である。
椎茸の栽培方法をネットで調べてみた。椎茸が生える「ほだ木」を作るのが第一歩。ナラやクヌギの木を切って乾燥させたものに、ドリルでいくつか穴をあける。この穴に椎茸菌を付着させた2センチぐらいの木の栓を打ち込む。種駒というらしいが、奥までしっかり打ち込む必要があるので木を叩く音が響き渡ることになる。
こうした知識がなくても「駒を打つ音」という字面から、何やら木製のものを打った時に出る乾いた音が想像される。椎茸は山の産物であることは誰でも知っているので、山々に響く駒打ちの音と、その音を運んでくる春風の軽快さも十分イメージできる。椎茸の駒打ちは雑菌が混入しないよう、寒さの残る早春に行われるという。駒打ちの音は春到来を告げる音でもある訳だ。
もっとも近年の椎茸栽培は、おがくずのブロックに種駒を打ち込み、暗い室内で育てる菌床栽培が9割以上を占めるという。ほだ木を使う原木栽培は手間と時間がかかるので、8%弱にまで減っている。九州で生まれ育った作者が、おそらく幼い頃に聞いたであろう駒打ちの音は、今や幻の音かも知れない。
(迷 23.03.24.)